ノーニュークス・アジアフォーラム通信No.90より

中国における反原発運動の進展

         -- 透明性を求める声の高まり --


    ウェン・ボー(「太平洋環境」北京)   *第9回NNAF(2001年、韓国)に参加
 
 2007年8月18日、中国は紅沿河(ホンヤンヘ)原発の建設に着工した。場所は遼寧省、大連から110 kmあまり北の海岸沿いに位置する。中国独自の核技術を駆使し、紅沿河原発では100万kWの原子炉が6基建設される予定である。

 中国の各マスコミが「紅沿河原発の安全性は政府高官によって保証されている」と報道したが、チャイナ・デイリー紙だけは稀有な立場をとり、付近の長興(チャンシン)島住民の原発建設に対する懸念を報じた。

 中国で三番目に大きな島である長興島は、1997年にゴマフアザラシの国立自然保護区に指定された。毎年春になると、ゴマフアザラシとその子供たちが長興島の西海岸沿いに逗留し、そのあと太平洋へと移動を続けていく。

 紅沿河原発を囲む海岸地域は、ゴマフアザラシが子育てをする場所であり、極東ロシアとオーストラリアの間を旅する渡り鳥の中継地点でもある。

 海岸沿いで低地であり、ほとんど周囲に村がないということで、この場所が原発の予定地に選ばれたのは1978年のことであった。しかしチェルノブイリ原発事故が1986年に起こると、この建設計画は棚上げされた。1995年に建設計画が再燃したときも、政府高官が観光都市大連にあまりに近いことを理由に反対を表明した。こうして紅沿河原発の建設はさらに10年余り延期されることとなっていたのだ。

 大連の工場労働者で、長年にわたって遼寧省の海岸地域の保全にボランティアでかかわってきたワン・チーフェンは、紅沿河原発の建設について怒りをあらわにした。「この計画は、中国のゴマフアザラシの終焉を意味し、渤海(ボーハイ)のエコシステム全体を危険にさらすものだ」と語気を強める。彼はこれまで野鳥の保護運動に奔走し、危機にさらされたゴマフアザラシの苦しみについても活発に発言してきた。



 ワン氏は06年の春、大連の環境保護局から原発計画についてはじめて情報を得たという。ワン氏は、「大連の地方政府は紅沿河原発建設の意思決定のプロセスにすら呼ばれていない」「十分な環境影響調査も行われていない」「法律で定められているレベルの情報公開もまったく行われていない」という。

 大連地方政府と原発推進勢力の間の緊張関係について地元の環境関係者が情報を漏洩した際に、大連地方政府の高官たちが建設計画を中止させられるような十分な政治的影響力を持っているようには見えなかったことからも、このことが伺える。

 中国が新たな原発時代に急速に向かっていることで、大連のみにとどまらず、意思決定のプロセスから排除されている中国全土の市民や環境活動家らの間にも懸念が広がり始めている。

● 原発に向かう

 中国におけるエネルギー不足と電力需要の急激な伸びは、中国政府に原発を未来のエネルギー供給源として考慮させる推進力となってきた。中国の原子力研究所は03年に政府指導部に書簡を送り、原発建設を優先的に行うよう促した。05年の3月には、温家宝首相が原発を緊急に成長させることについて公式に支持を表明した。

 中国は2020年までに40基の新しい原発を建設してその総発電量は4000万kWに達する計画であり、同国のエネルギー開発の多様性を高めるための主要な努力の一部とされている。

 現状では原発で発電される電力は総電力の2%に過ぎない。注目に値することは、計画中の原発建設がほかのどの国よりも早く進んでいる一方で、中国のエネルギー需要があまりにも急激に高まっているので、2020年には石炭火力発電がほぼ70%近くのエネルギー需要をまかなうことになり、原発による電気は総電力の5%程度にしかならないということだ。

 中国の18の省において、積極的な青写真の策定や原発誘致のための入札が行われている。実質的なエネルギー不足に加えて、原発を建設することにともなって政府から補助金が出ることや税制面で優遇されることなどの経済的なインセンティブも働いており、地方政府では自分たちの州に原発を誘致したいと願う役人たちが積極的なロビー活動を展開している。

 国際的なビジネスにおける関心も、この業界の成長を促進している。アメリカ、ヨーロッパ、ロシアなどの原子力企業が、自社製品の売り込みのために中国政府とのよい関係を構築しようとしている。

 政府関係者および原子力産業側が大変な熱意を見せる一方で、中国はこのような拙速な原発ブームに対してまともに準備ができていない面がある。天文学的な財政上の投資が必要とされることに加えて、原子力技術者が不足していることは、長期的に見ると大きな問題をもたらすだろう。現在中国で原子力関連の科学者を養成している大学は3ヶ所のみである。

 訓練不足と経験不足、そしていい加減な品質管理と透明性の低い環境影響評価のプロセス、こういった事柄が、中国の原子力施設を、多様な構造的・環境的な問題に対して無力なものとしてしまう恐れがある。すでにほかのインフラのプロジェクトの中で広く引き起こされている、たとえば、橋が崩落する、または水源近くで汚染の激しい化学工場が操業するといったようにである。

● 市民たちの懸念

 世界中の人々がそうであったように、中国の市民もチェルノブイリ原発事故の報道によって原発の危険性について知るようになった。チェルノブイリの被害については、中国は検閲などを行わずに大々的に報道を行った。同様に、日本における原発事故の報道もオープンに行われた。中国のメディアは台湾における反原発デモの様子などもオープンに報道しており、台湾が北朝鮮に核廃棄物を輸送しようとして国際的な批判を受けた出来事についても同様であった。また、ドイツの市民が核廃棄物の輸送に対して抗議した実力阻止行動についても、中国のテレビで放映されている。

 原発関連の報道について、国際ニュースをオープンに扱う立場ときわめて対称的に、国内の原発および核廃棄物問題については環境影響についてのニュースが不足している。青海(チンハイ)の核実験場が観光地に衣替えしたことについては大変な量の報道があったが、国内のウラン鉱山での事故について中国のメディアはごく軽く触れただけであった。

 それゆえ中国の人々は一般的に、国内にある核の脅威については意識が低い。また、その問題に対して声を上げていくという権利についても、まだ理解が進んでいない。

 中国政府はここ数年間、市民が環境政策の意思決定のプロセスにもっと参加できるための権利を推し進めてきた。もっとも明白なのは、環境影響評価のプロセスである。不満を吸い上げるチャンネルは増えており、政府のホットラインやホームページなどがある。

 環境汚染の被害者らが、法律関係のNGOや社会派弁護士らの支援を得るなどして、被害への補償を求めて裁判に訴えるようにもなってきている。

 中国の市民社会はこの15年間で驚くほど成長し、環境グループも最大となった。
市民レベルから政策にかかわっていくという政治的な空間が拡大したことは、中国の市民やNGOが、原発などのプロジェクトに対してより積極的に懸念を表明していく触媒となって作用した。

 たとえば06年には、山東(シャンドン)半島の海陽(ハイヤン)での3基の原発建設計画に対して、「ダーハイ・コミューン」による非常によく組織された反原発の請願キャンペーンが開始された。この原発は、2基は有名なシルバービーチリゾートの近くに、もう1基は6 kmはなれたところに計画されていた。

 「ダーハイ・コミューン」の創設者はイー・ウーチェン(埃をまとっていない)のニックネームで通っている人物であるが、中国の海岸線を2000年に歩き回り、いかに深刻な環境的危機にさらされているかを初めて目撃した。そしてイー・ウーチェンは、ボランティアを集めること、また海を愛する人々で中国沿岸のエコシステムとそれが直面している危機について学びたいと考える人々のオンライン・コミュニティ(インターネットによるネットワーク)をまとめることを目的に、ダーハイ・コミューンを結成した。

 ダーハイ・コミューンは06年に、オンライン・コミュニティを通して数百筆の署名を集め、3基の原発建設に反対する請願書を温家宝首相に送付した。この請願書は、原発建設計画への環境的な懸念を訴えるために地元の環境保護局にも送付された。

 威海(ウェイハイ)においても、海陽原発建設を懸念する市民らが「シルバービーチ環境イニシエーター」と呼ばれるネットワークを結成し、シルバービーチを守る必要性について再検討するよう北京のさまざまな政府機関に対して精力的にアピールを行った。

 このグループは、「環境影響評価を見直す公聴会は原発建設計画が承認される前に行われなければならない」「山東省の電力需要を満たすためには、まず再生可能エネルギーを推進したり節約の努力を行ったりするべきだ」と主張した。

 そのほかの有力な反原発オンライン・キャンペーンは、海南(ハイナン)島でも出現している。ここでは、07年の7月25日に国家核工業建設集団公司が海南省政府と契約を取り交わし、原発の建設が決定した。島嶼部の省としては、初めての原発建設となるだろう。

 同様のオンライン反原発の議論は、福建(フーチェン)省と江蘇(チャンスー)省でも現れ始めている。

● 中国北西部 核の荒野の遺産

 中国北西部、とりわけ新疆(シンジャン)と青海(チンハイ)は、ここ数十年の間、核兵器の実験場とウラン採掘の地であった。この地域は、政府の文書においても、付近に居住する住民の間で高い発ガン率とその他の有病率が言及されている。人々への環境被害のみならず、こうした地域では環境的にも壊滅的な状況が引き起こされてきた。たとえば、新疆では核実験とそれに伴う人為的な活動のためにロプノール湖が地図から姿を消してしまった。

 甘粛(ガンス)省ではウラン採掘によって、甚大な人的、環境的悲劇が引き起こされた。スン氏によると、甘粛省のウラン鉱山での不適切な放射性物質の取り扱いによって、水と土壌が汚染され、その結果として周辺地域で悪性腫瘍、白血病、出産時の障害、流産などが急激に増加した。周辺は野生動植物も見られなくなった。家畜の大量死も起こり、水の汚染によるものと考えられた。

 1988年以来、スン氏はくり返し北京へ出向き、汚職にまみれた高官がウラン鉱山周辺の除染や鉱夫とその家族を移住させるために拠出された資金を着服してしまった事実などを報道した。彼はさらに、甘粛の水系に頻繁に放射性排水が垂れ流されているという証拠もつかんでいる。

 スン氏は1994年に仕事を失ったが、病にたおれた鉱夫や危機にさらされた環境のために戦い続けた。そのことによって彼は何度となく逮捕され、2005年には治安部隊に逮捕され8ヶ月わたって拘留された。06年には、ドイツなどの団体の「核のない未来賞」が、スン氏の献身的な働きを認定した。

● これからの流れ

 環境グループが中国の市民社会の最大のセクターを形成しているとはいえ、中国のNGOで原発や放射性廃棄物問題に焦点を当てている団体はない。クリーンなエネルギーのために活動するNGOもごく少ない。政治的に微妙な問題であることと能力の足りなさが、このギャップを説明している。

 現在の中国における反原発の努力は、その多くがオンラインでの「うちの裏庭には持ってこないでほしい」という論調のNIMBYキャンペーンである。しかしながら、自発的にこのような草の根のキャンペーンが現れてくるということは、そのようなNGOが現れてくるための基礎ともなる。小さなNINBYキャンペーンは、まだ地域間を結ぶ連合を形成して共同で主張していくことはできないと思われる。しかしその可能性は将来熟していくかもしれない。

 アジアにおいては、最もよく連携の取れた反原発ネットワークはNNAF(ノーニュークス・アジアフォーラム)であろう。NNAFはアジア諸国でフォーラムを開催してきた。韓国、日本、台湾などのメンバーグループが活発に活動を繰り広げてはいるが、NNAFは中央組織を持たないネットワークであるために、中国での反原発運動の牽引役として機能するための力は十分ではないと思われる。しかしながらNNAFは中国の反原発運動に対してひとつのモデルを提供できるだろう。

 オーストラリアで、中国へのウラン輸出に関して最も懸念されていることは、輸出されたウランが中国の核兵器増産に転用されないかということである。「地球の友オーストラリア」などの環境団体は、オーストラリア国内におけるウラン採掘による環境影響についても懸念を表明している。注目に値することとしては、「西オーストラリア反核連合」が中国のグループや市民とともに、ウラン採掘とその悪影響に関して意識を高める働きを継続的に行っている事例もある。

 近年の水力発電開発ブームなどに見られたように、中国の企業は深刻なエネルギー不足に立ち向かうとして、急速に原子力プロジェクトに投資を始めている。

 こうした大規模プロジェクトに反対する請願者の多くが指摘したように、巨大な財政的投資が政府の汚職の温床となる可能性がある。さらに、十分な力を持たないままに行われる原発の運転による社会的、環境的影響は甚大になりうる。

 現在の原発建設ブームを止めることは難しいと思われる。しかし市民と反原発活動家らの活動は、透明性を高めてプロジェクトの安全性を高める一助になるだろう。

 インターネットによる草の根の監視者が存在すること、新しい原発へ国際的な投資が行われること、インフラ建設の意思決定に参加する自らの権利に人々が気づき始めていることなどから考えて、放射線に関する事故や不法投棄などが、甘粛ウラン鉱山などで行われたようにやすやすと隠蔽されてしまうということはないだろう。

 知識と能力を高めることで、反原発キャンペーンのオルガナイザー(組織者)も成長し、一人前になった反原発運動がまもなく生まれ始めると思われる。


ノーニュークス・アジアフォーラム通信 No.90もくじ

              
 (08年2月20日発行)B5版20ページ

● 中国における反原発運動の進展(ウェン・ボー)               

● インドネシアでの原発計画復活(アアム)                  

● 2人の総統候補者(謝長廷氏・馬英九氏)に問う
 「日本新潟県の地震からどんな教訓を得たか?」(郭金泉)         

● 台湾第四原発工事現場で3日間に2人が死亡                  

● 第四原発、400カ所近くも設計変更                    

● フィリピン・バタアン原発を復活させるなんて               

● 李時雨さん無罪判決 

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