ノーニュークス・アジアフォーラム通信No.73より

「平和利用の嘘 
 −核兵器と原発−
一つのコインの裏表」

   
− 大庭里美さんの死を悼んで −

 
小林圭二


はじめに

NNAFに深く関わっておられた大庭里美さんが急逝された。
以前から頼まれていた原発と核兵器について、彼女の死を悼みながら書かせて頂く。

表題は、昨秋、大庭さんが最後の海外活動として出席したオ−ストリア・リンツでの反原発国際シンポジウムの標題である
(1)。この標題に思わず心の中で快哉を叫んだのは、この標題こそ大庭さんの活動をずばり示すものだった上に、はるか以前、京大原子炉実験所原子力安全研究グル−プ(2)が「“平和利用”と“軍事利用”とは、あくまで原子力という1つの頭の2つの顔でしかない」とまったく同じことを書いていたからである(3)

日本では、原子力利用に反対する団体や人々は必ずといっていいほど核兵器か原発のどちらか一方に重心を置いている。そんな中で、大庭さんは早くから“平和利用”と“軍事利用”を区別する矛盾に気がつき、両方をまったく同根のものとして分け隔てなく全力で反対した。まさに、彼女の運動の有りようそのものが、核兵器と原発が一つのコインの裏表であることを示していた。だから、広島で特に多い、核兵器廃絶運動の一方で強硬な原発推進を唱えたり、原発推進勢力が隠れ蓑として行う核兵器反対イベントに無批判に乗る団体や人たちを彼女は許すことができなかった。そのまっとうさと情熱とエネルギ−には敬服するほかない。希有で大事な仲間を失い本当に残念である。

核疑惑に揺れる世界

「核兵器と原発が一つのコインの裏表」であることをこの1〜2年ほどはっきり見せつけたことは過去になかったのではないか。この1〜2年、世界中が核拡散とその疑惑に揺れ動いた。主な動きをひろってみると、

@ 米国ブッシュ政権から“ならず者国家”と名指しで敵視されているイランで、国際原子力機関(IAEA)に未申告のウラン濃縮が発覚した。それに対しイランは核兵器開発の意図を否定し、逆に平和利用は国の権利だと主張して濃縮作業の放棄を拒否した(2003年9月)。その後、濃縮の前段作業であるウラン転換施設の稼働と、重水炉(兵器用プルトニウムも作れる)建設をIAEAに通告した。現在は、欧州諸国の説得活動により濃縮作業を一時中止している。

A パキスタンのカ−ン博士を中心に数カ国にまたがる「核の闇市場」が発覚したという。ウラン濃縮用遠心分離器の部品がマレ−シアで作られ、リビアやイランに運ばれ、一部は途中で捕獲されたという。関係したドイツ人技術者が逮捕された。北朝鮮からはウランが運ばれたという。リビアでは、核兵器開発に日本製の一般的機械も使われていたことがわかった(2004年2月)。

B 米国の軍事包囲網に閉じ込められ脅威を感じている北朝鮮は、核不拡散条約からの脱退を宣言し(2003年1月)、再処理作業を再開した(2003年7月)。翌2004年2月に核兵器計画放棄をいったん表明したが、韓中米日等との6者協議再開のめどは立っていない。

C 韓国で秘密裏にウラン濃縮が行われたことが発覚し、やがてプルトニウムの極秘抽出も発覚した(2004年9月)。いずれも微量だが、一時、国際的な制裁の危機に直面した。

このようにわずかばかりの核物質生産を秘密裏にやっている国がある一方で、堂々とおおっぴらに核兵器開発を行っている国がある。

D 米国は小型核兵器の開発を再開した(2003年11月予算成立)。小型核兵器は、一発で相手国の中枢に壊滅的打撃を与える通常の核兵器と違い、実際の戦場で使えるよう大きさも爆発力も小さくした(広島原爆の3分の1以下)核兵器である。共倒れの危険から実際には使えない通常の核兵器に対し、“使える核”といわれている。そのため、クリントン前政権時に議会決議で開発が禁じられていた。

E 最近では南アフリカで、過去廃棄された6個の核兵器以外に小型核兵器を含む数十個の核兵器が保有されていたことがわかり、いずれも申告されないまま、現在どうなっているかわからない状態であることが明るみになった(2005年4月)。 

F うち続く核疑惑におびえた米国は、核疑惑がことごとく“平和利用”に端を発していたことから、原発用燃料生産の規制と“平和利用”の制限を世界に提案した。しかし、これは原子力の“平和利用”を保証することによって成立している核不拡散条約(NPT)そのものの否定につながる。さすがに各国から反対され、まもなく撤回された。

G しかし、この提案は別の形で国際的に引き継がれようとしている。IAEAのエルバラダイ事務局長は、今年5月開催されるNPT再検討会議において(大庭さんは、この会議に合わせたNGO側の集まりに出るため、ニューヨークへ行く予定だった)、ウラン濃縮と再処理施設の建設を5年間凍結し、将来は濃縮と再処理を国際管理する提案を行うことを明らかにした。

H 先に述べたように、他国の核疑惑には異常に警戒する米国だが、イスラエルに対してだけは何が行われようとまったく放任状態が続いている。イスラエルの核疑惑状況が中東のイスラム諸国全体に核兵器開発欲を刺激しているにもかかわらずである。そんなイスラエル核兵器開発の実態を暴露した良心的技術者バヌヌ氏は、18年の長期に亘り牢獄につながれた後ようやく釈放されたが、ほどなく再び逮捕されてしまった(2004年11月)。

これまで見てきたように、今、世界は、原子力に関してはエネルギ−どころではないのである。噴出する核疑惑をめぐって、米国をはじめ各国が疑心暗鬼の状態に陥っている。だから、根拠が有ろうとなかろうと関係なく“核疑惑”といえばそれだけで戦争を起こす口実にまでになった。あげくの果てに現れた“平和利用”制限案は、「核兵器と原発は一つのコインの裏表」という原子力の本性をみずから暴露したことに他ならない。矛盾を隠しきれなくなった核不拡散条約は、シンポジウムが宣言したように
(4)、核保有国が自身に課した核軍縮義務さえ放棄したことによって崩壊した。

世界の動きにまったく無頓着な日本

核疑惑をめぐる世界のめまぐるしい動きとは逆に、日本では従来からの原子力政策の継続が強引に進められている。保障措置の強化によって、最近は核兵器の爆発物質である高濃縮ウランやプルトニウム自体を直接入手することが世界的にかなり困難になってきた。そこで、核疑惑は主にそれらを作り出すウラン濃縮関連機器と再処理設備に注がれている。

@ 韓国はわずか0.2グラムの濃縮ウランを作っただけで国際的な大問題になった。一方、日本では1992年から六ヶ所村のウラン濃縮工場が稼働し、その能力を徐々に増加させて、現在、年間原発約10基分を作る能力をもっている。重さだけで比較すれば、なんと韓国の50億倍という巨大な量である。韓国が秘密裏だったとはいえ、日本の大規模ウラン濃縮が国際的に問題にされないのはまったくおかしい。その上米国は、朝鮮半島情勢から韓国の核燃料サイクル事業を抑えている。だから韓国では秘密裏に行われた。過去、侵略で日本にひどい目に遭わされ、その上、南北分断の根本原因が日本にあることを思えば、濃縮事業の善し悪しは別として、このあまりにひどい不平等を韓国民衆はいったいどんな目で見ているだろうか。

イランもウラン濃縮事業を非難されたとき、“日本には許されているのに、なぜイランには認められないのか”と反論して事業の中止要請を拒否した。日本のウラン濃縮がいかに世界の核兵器廃絶努力の足を引っ張り核拡散に貢献しているかをこの事実がよく示している。

A 核拡散のもう一つの柱が、使用済燃料からプルトニウムを取り出す再処理である。韓国が秘密裏に抽出したプルトニウム量はわずか数ミリグラムといわれている。一方、日本は海外委託によってすでに約40トンのプルトニウムを保有している(全プルトニウム、以下同じ)。その量は韓国が非難された量の約100億倍という膨大な量にのぼる。その上、六ヶ所村再処理工場が稼働すると、毎年約8トンづつ加わる(ちゃんと動くかどうか怪しいが)。当面、非核保有国の動きは“平和利用”の理由付けがより容易なウラン濃縮に集中されているが、遠からず日本の再処理事業が世界の核疑惑を、現在よりはるかに深刻化させることは目に見えている。

しかし米国は、他国にはかすかな動きにも神経をとがらす一方、日本の再処理事業にはまったく異議をとなえない。先日、原子力界のある会合に出たが、そこで米国代表(国立研究所の原子力システム研究課長)が、“六ヶ所再処理工場は核拡散の心配がない。他国もこれを見習ってほしい”と発言したのを聞いて、開いた口がふさがらなかった。日本もとうとう米国にとってイスラエル並みになったということだろうか。

B 1995年のもんじゅ事故によって、高速増殖炉を中核に据えた日本の原子力政策は破綻した。原子力“平和利用”にとっては、高速増殖炉をやらなければ再処理事業の必要はない。昨年、六ヶ所再処理工場のウラン試験を前にして、改訂作業中の「原子力開発利用長期計画」(長計)策定会議で再処理路線の正否が重要な議論になった。しかし、突然のように既定路線の継承が強引に決められた。きっと大御所から鶴の一声があったのだろうと思われる。

以上のように、日本の原子力界は世界の情勢にまったく無頓着な動きを続けている。なぜ日本だけそれが可能なのか。一人勝ちの強大国米国にべったりくっついていたり米国の盾の役割を担っている状況もあるかもしれない。それ以上に、日本の原子力開発投資額は群を抜いており、欧米各国で低迷する原子力界がこれに依存する(たかる)ようになってきた背景があるように私には思われる。しかし、その日本では国の借金が751兆円(2004年末)の巨額に達し、“先進国”でも突出した状況になっている。年金問題など危急の課題を多く抱え、とても原子力開発に巨額をつぎ込む余裕などないはずなのだ。市民を犠牲に壮大な無駄を重ねていくものが日本の原子力なのである。

高速増殖炉こそ究極の核拡散

今年3月17日、最高裁で口頭弁論が開かれ、高速増殖炉もんじゅ訴訟も最終局面を迎えた。核拡散の焦点の一つ再処理は、高速増殖炉開発をしないのであればまったく必要ないものである。長計策定会議は、高速増殖炉開発を継続するために使用済燃料の再処理路線を決定した。それを受けたかのように六ヶ所再処理工場で初の放射性物質を用いたウラン試験が始まった(2004年12月)。引き続き、福井県知事の了承により、係争中のもんじゅで改造工事が始まった(2005年2月)。

高速増殖炉は熱を発生させる核燃料の周りをブランケットと呼ばれる劣化ウランが囲んでいる。そのブランケットで極めて“上質”の超核兵器級プルトニウムができることが知られている。通常、核兵器に適したプルトニウムは全プルトニウムのうち燃えるプルトニウムが93%以上含まれているものとされている。高速増殖炉のブランケットにできるプルトニウムでは、それが98%にも達する。この%が高いほど少量で核兵器を作ることができる。近年、世界が注目している

小型核兵器、いわゆる“使える核兵器”製造にはまさにうってつけである。しかも、ブランケット部分の燃焼度は非常に低いため、再処理でやっかいな死の灰が非常に少ない。再処理も非常に楽なのである。だから、高速増殖炉は核兵器製造に最も適した装置である。かって世界の先端を走っていたフランスは、高速増殖炉で核兵器を作っていた。冷戦の終結とともにフランスの高速増殖炉開発熱は突然のように冷めていったのである。高速増殖炉こそ究極の核疑惑装置だ。

ところが、目下のところ高速増殖炉はウラン濃縮や再処理ほど世界から疑惑の目を向けられていない。高速増殖炉には再処理が不可欠だから、再処理に目を光らせていればいいということかもしれない。しかし、使用済ブランケットなら使用済燃料より保管も容易だし、必要が生じたとき再処理も迅速に実行できるだろう。欧米諸国が中止している中で間もなく中国の高速増殖実験炉CEFRが稼働する(2008年予定)。引き続き原型炉CPFR建設が国務院に認められたそうだ。インドでは2基目の高速増殖炉(原型炉)の建設が始まった(PFBR)。安全性、経済性から欧米が見限った計画に、日本を含めこれらの国はなぜ着手するのだろうか。そしてこれらの国が平和目的を理由に他国へ高速増殖炉技術を移転させたらどうなるのか。日本では核兵器保有を肯定する安倍晋三がいずれ自民党から首相候補に推されるといわれている。核疑惑の面からも、高速増殖炉開発へ警戒を怠らないことが必要だと思う。

おわりに

大庭里美さんを追悼するために、生前、原子力の二つの顔のまやかしに全力で立ち向かい倒れた大庭さんの遺志を汲んで(のつもりで)、核拡散問題を視点にした原子力問題を書かせて頂いた。あらためて、心からご冥福を祈りたい。

最後に、後退を続けてきた日本の原子力推進側の新たな動きを幾つか紹介しておく。

@ プルサ−マル用MOX燃料加工工場建設を青森県が受け入れたが(今年4月6日)、この工場は危険性が大きい。安全評価項目の検討では、冷却に水を使うことから臨界事故の可能性(ウラン燃料に比べずっと大きい)、焼結工程で水素を使用するため爆発事故を起こす可能性、火災を起こす可能性が挙げられている。

A かって真っ先に原子力の看板を下ろした東大が、今年度から原子力の名を冠した二つの専攻を立ち上げた。危機感の表れだろうか。

B 原子力界で第二再処理工場の技術的検討会が間もなく立ち上げられるという噂がある。それとわからない名前をつけるだろうから注意しておこう。


参考
(1)「希望の種子」第51号、2004年11・12月
(2)京大原子炉実験所内で原子力利用の安全性や社会的問題を批判的に検討するグル−プ
(3)原子力安全研究グル−プ、「原子力の歴史を振り返って−幻の原子力平和利用−」、公害研究、Vol.10, No.3 (1981)
(4)大庭里美、私信、おそらく近刊の著書に掲載されていることと思われる。



ノーニュークス・アジアフォーラム通信 No.73もくじ

No.73(05年4月20日発行)B5版34ページ   

●「非核亜州論壇2005」in台湾 のおしらせ

●第四原発原子炉圧力容器、据え付けられる

●台湾緑色映画祭訪問記(鎌仲ひとみ)             

●韓国・出遇いの旅(境昭英)                  

●扶安から見えた課題(長田浩昭)            

●全羅道で「恨(ハン)」原発の思い高まる(梅森寛誠)   

●扶安と霊光への旅(中嶌哲演)                

●「平和利用の嘘 −核兵器と原発− 一つのコインの裏表」(小林圭二)

●大庭里美さんを悼む(キム・ボンニョ、呉慶年、タイAEPS、西塔文子、
             安楽知子、堀口邦子、小木曽茂子、佐藤大介ほか)
●里美ちゃんが遺した本たちをよろしく!(小川美沙子) 

●NPT再検討会議開催にあたっての要請書         

●「つくる会」教科書は「戦争ができる国家」をめざしている(奥村悦夫)
              
 
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