ノーニュークス・アジアフォーラム通信・号外2015.11より
韓国で新規原発の是非を問う住民投票、住民の勝利

小原つなき
(韓国脱核新聞・編集委員)


 
 新規原発建設の是非を問う住民投票が、慶向北道の盈德(ヨンドク)で、11月11日と12日の二日間にわたり実施された。政府や原発事業者をはじめとする原発推進派による大々的な選挙妨害キャンペーンが連日くり広げられる中、投票率が伸び悩むことが予想された。しかし、予想外にも多くの住民が投票場に足を運んだ。

 開票の結果が発表されたのは日付が変わった13日の未明2時。開票会場には結果を待ちわびた住民や全国から駆けつけた仲間たちが集まった。誘致賛成7.7%(865票)、反対91.7%(10274票)、無効0.6%(70票)という結果が発表された瞬間、喜びの歓呼と同時に、これまでの労苦をねぎらい抱き合ってすすり泣く声が会場に響きわたった。これまでなかなかひとつの形として現れなかった誘致反対の民意が、圧倒的な勝利として現実化した瞬間だった。

 韓国には、現在24基の原発が建設され稼動している。今年7月に政府が発表した第7次電力需給基本計画では、2029年までに合計35基まで拡大、現在建設中ならびに建設予定の8基に加えて、150万kW級の原発4基の新規建設計画が発表された。

 建設予定地としてかねてから名指しされている地域は江原道の三陟(サムチョク)と 慶向北道の盈德(ヨンドク)。三陟は、原発反対を掲げる市長が就任し、昨年10月に住民投票で住民の85%の反対意思が示されるなど、着々と白紙化の準備が進む反面、盈德は、反対世論の形成に出遅れ、悪戦苦闘が続いていた。今回、ようやく原発誘致の是非を問う住民投票の実施に漕ぎ着いたわけである。

 道のりは平坦ではなかった。昨年実施された三陟の住民投票と同様に今回の盈德でも、住民投票法に基づく公式的な選挙管理委員会をはじめとした行政の協力を一切得ることができず、民間主導で準備を進め実施するしかなかった。9月9日の「原発賛反住民投票のための決起大会」で住民投票の実施が正式に発表され、10月13日には、民間による盈德住民投票管理委員会が設立された。こうした事情から、投票人名簿も村中を歩き回り一軒一軒訪問し民間主導で直接準備するしかなかった。その後も、投票にかかわるありとあらゆる準備作業を住民投票管理委員会のもと、民間の手で公平に着実と進めていった。

 これに対し、政府や原発事業者である(株)韓国水力原子力(以下、韓水原)をはじめ原発推進派によるあらゆる投票妨害がくり広げられた。連日、全国各地から韓水原の社員が動員され「投票に不参加しよう」と書かれた赤いチョッキを着て市場や街中を錬り歩き、「住民投票は、にせ投票。不法行為で無効だ」「原発反対勢力は左派(左翼)の仕業」など、住民を萎縮させるような文句を並べたチラシやポスターが町のいたるところに撒かれた。政府からは、産業通商資源部と行政自治部の長官(大臣)の連名で投票不参加を訴える手紙が盈德のすべての住民宅に郵送された。

 こうしたありとあらゆる妨害に負けずに対抗したのは、原発誘致白紙化のために長年孤独に闘ってきた盈德の少数の住民たちと、投票成就のために全国から集まった市民たちだった。

 盈德は保守色が強く、国家事業に反対することに抵抗を感じる住民が多い。大都市から遠く離れた寒村であるため、原発建設による経済的効果を期待する世論も高い。若者が故郷に留まるための職場や娯楽施設も多くなく、ヨンドク大蟹を特産品とする観光名所以外は、高齢者による細々とした農業が中心である。

 こうしたなかで、大々的な住民投票不参加キャンペーンがくり広げられれば、住民は萎縮し投票場へと足を運ばなくなるのではないかと憂慮された。「賛成であれ、反対であれ、住民の意思で原発誘致建設の是非を決定しよう、盈德の未来を住民投票によって盈德の郡民が自ら決定することによって、これまでの住民同士の葛藤を解消しよう」と呼びかけた。

 連日街中がざわめく一方、肝心の住民たちはむしろ沈黙し、運動のストレスと疲労感は極度に達していた。このままでは投票率は上がらないだろうと誰もが感じるなかで投票日をむかえた。

 ところが投票一日目の朝から予想外の展開がくり広げられた。大勢の住民が投票場につめかけたのである。

 一方、原発誘致推進派による選挙妨害は投票当日にも行なわれた。投票場付近を韓水原の社員と見られる人物が彷徨し、投票に参加しないように呼びかけたり、車のブラックボックスを利用して、投票場に足を運ぶ住民を隠し撮りする行為も行なわれれた。投票日前日には村ごとに観光バスで温泉街や飲食店に住民を連れて行くなどの蛮行も行なわれた。

 こうした露骨な行為が、むしろ、これまで無関心だった住民らをも刺激し憤慨させ、投票率を上げることになったとも考えられる。100歳を超える高齢者や、一人では移動が困難で息子や孫に連れられて投票する姿、遠方の大学に通う学生が何時間もかけて故郷に戻り投票する姿、保守色の強い地方柄、人目を気にして辺りの暗い明け方と日暮れを狙い、マスクと帽子で顔を覆って投票に来る住民の姿もあったという。

 「投票率」を取り上げて投票結果の効力を問題視する一部保守マスコミや誘致賛成派の動きもある。投票人名簿18581人のうち、11201人が投票に参加(60.3%)し、91.7%の誘致反対が明らかになったにもかかわらず、全有権者34432名の3分の1を超えなかったことを指摘し、投票結果の「無効」を主張しているのだ。

 投票者数が全有権者の3分の1に277票足りなかったが、不在者数の約7000を全有権者数から差し引くならば、有権者数は約27000名となり、投票率は40%を超える。

 今回の投票で、声なき声が集まり、原発反対の民意がひとつになったことを確認できたことがなによりもの成果だった。ありとあらゆる妨害にもかかわらず、投票場へと足を運んだ住民に拍手を送りたい。

 開票発表を待つ間、「福島」という言葉が頭の中を駆け巡った。これ以上どこにも福島の悲劇をくり返してはいけない。新規原発計画が白紙化され、盈德の住民が一日も早く平穏な日々を取り戻すことをなによりも望む。そして、すべての原発推進政策が放棄されるその日まで、共に一丸となって闘い続けよう。

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ノーニュークス・アジアフォーラム通信
号外2015.11もくじ
 (15年11月20日発行)B5版16ページ

●日本で第17回ノーニュークス・アジアフォーラム 
-アジアの仲間たちと核も原発もない世界をめざして-      

●アジアのみなさんへ(武藤類子)

●国境を越えるネットワークで(黒田節子)
      
●韓国で新規原発の是非を問う住民投票、住民の勝利(小原つなき)

●トルコ、丹下さんの反原発ビデオと、その偽ビデオ事件(プナール・デミルジャン)

●日印原子力協力協定 ― 何が問題なのか(松久保肇)     
●インド・ジャイタプール;終わりのない闘い(3)(シャムシェル・ユサフ、モニカ・ジャー)

●書評『原発をとめるアジアの人びと』(小倉利丸)     

●『原発をとめるアジアの人びと』推薦文
(鎌仲ひとみ・ミサオ・レッドウルフ・鎌田慧・満田夏花)
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