ノーニュークス・アジアフォーラム通信No.124より
インドネシア・バンカ島の原発建設予定地を訪ねて 安部竜一郎 (立教大学教員) インドネシアでは、ジャワ島中部のムリア半島と、同島東部のマドゥラ島が、はやくから原発建設候補地とされてきた。しかし、両地とも住民による根強い反対運動に見舞われ、計画は政府の思うようには進んでいない。 一方、ここのところ有力候補として急浮上してきたのが、スマトラ島南部沖、スマトラ島とカリマンタン島の間のカリマタ海峡に浮かぶバンカ島である。北部の西バンカ県と南部の中バンカ県の2カ所が候補地に挙がっており、すでに2010年から5年計画でフィージビリティ・スタディ(立地可能性調査)が進行中である。 インドネシアの原発建設候補地(出典:日本原子力産業協会国際部『インドネシアの原子力発電の導入準備状況』2011年、26ページ) 9月に、西バンカ県の候補地周辺の村を訪れ、住民や漁民たちが原発についてどのように受けとめているかを聞いてきた。 バンカ島は、沖縄本島とほぼ同じくらいの面積(約1,190平方km)に約102万人が住んでいる。バンカ島は農業の島であり、特産品として胡椒が名高い。そのほか、ゴムや、近年島に進出した大規模プランテーション会社のアブラヤシ栽培、水田、とうもろこしなどが主な産物で、バンカ島とその隣のブリトゥン島を合わせたバンカ・ブリトゥン州全体でみると、農業生産は州の総生産の約18.4%を占めている。また、バンカ島は世界でも有数の錫の生産地であり(同州の総生産に占める錫鉱業の占める割合は約16.7%)、島の至るところで錫の露天掘りが行われている。 同州の貧困率をみると、約5.4%とインドネシア全体の11.6%を大きく下回っている(2012年9月時データ)。その意味で、バンカ島は決して貧しい島ではなく、むしろインドネシアでは比較的豊かな土地柄といってよいだろう。 バンカ島は、インドネシアでも中国系インドネシア人(華人と呼ばれる)の人口が多いことで知られており、現在、島の人口のうち華人系は約30%を占めるといわれている。 これは、18世紀に始まった錫鉱山開発に廉価な労働力を供給するため、当時インドネシアを植民地支配していたオランダ東インド会社が、福建省を中心に中国南部の沿岸部からたくさんの中国人を半ば強制的に連れてきたことに発する。 インドネシア独立後も、彼らの多くは、バンカ島に残って現地の人々やインドネシアの他の地域からやってきた人々と婚姻関係を結びながら、島の農業や商業の担い手として定着してきた。 近代的なモスクと立派な孔子廟が並んで建っている。そんな風景をバンカ島のあちこちで当たり前のように見ることができる。 インドネシア政府は、このバンカ島の北西の端の町ムントックに近いタナッ・メラ村、アイル・プティ村、トゥルック・マングリス村周辺と中バンカ県のタンジュン・ブラニ村、タンジュン・クラサック村周辺の2カ所に狙いをつけ、立地の地ならしを始めている。 今回訪れたのは、北側の立地点に近いムントゥック周辺である。ムントゥックには、海岸近くに錫の精錬工場があり、バンカ島全体に広がる錫鉱山から鉱石が持ち込まれる。 鉱石から錫を分離したあとの鉱滓は、微量ながらウランやトリウムなどの放射性物質が含まれている。 このため錫鉱滓は、周辺環境から隔離して汚染を起こさないように適切に管理する必要があるのだが、ここではカバーもかけずに野積してあるだけである。人々が行き来する道路に面していたり、住宅地からすぐのところにあったりで、強い風が吹けば鉱滓が巻き上げられて周囲を汚染してしまうのではないかと不安になる。 案内をしてくれたインドネシア環境フォーラム・バンカ・ブリトゥン代表のウダイ氏によると、放射能測定器で鉱滓置き場の周辺を測るとメーターが振り切れるときがあるという。一方、錫精錬会社は、「自然放射線だから安全」とくり返すばかりで、汚染の実態や放射線防護の仕方など、まったく住民に教えていないそうである。 野積された錫鉱滓。トタンの扉で仕切られただけで覆いすらない。コンクリートの壁に放射能マークが貼ってあるのが見える。このような鉱滓置き場がムントゥックの街のあちこちにある(2013年9月筆者撮影) ムントックで最初に聞き取りを行ったのが、ムンジュラン・バルという地区。ここはムントックの中でも約600世帯と比較的大きな地区で、BATAN(インドネシア原子力庁)が精力的に広報活動(BATANはソーシャライゼーションと呼んでいる)を行っている。 BATANは、原発の安全性を強調したパンフレットをばらまくと同時に、パンフレットを受け取りにきた住民に「交通費」という名目で10万ルピアほどのお金(日本円で千円程度)を渡したり、薬などの品物をただで配ったりしているという。 地区長の話では、原発による雇用創出に期待する人たちと、原発に懐疑的でお金をもらっていない人たちとの間で溝ができているという。区長は「対立を煽るようなことはできない。自分自身は原発に対して明確に意見を述べず、あくまで中立を保っている」とくり返していた。 一方、集まってきた住民たちからは口々に「BATANは、福島の事故はもう終わったので安全と説明しているが、実際どうなのだ」と尋ねてくるので、「収束どころか、周囲の汚染がひどく、16万人ものひとびとがいまだに故郷に帰れず避難生活を続けている」と説明すると、彼らは「そんなこと、まったく聞いてない」と驚いていた。 次に訪れたのは、同じムンジュラン・バルの女性たちのグループ。地区長へのインタビューが思いのほか時間を食ったことで、約束の時間よりずいぶん遅れてしまった。そのせいか、おおかたのメンバーはお昼ご飯の支度に家に帰ったあとだった。それでも3人が筆者たちを待っていてくれた。 彼女たちは、先の男どもと違って、いたって意気軒昂だった。次々と「BATANは、原発は絶対に安全とくり返すばかりで、危険性についてはなんにも説明してくれない」「だから自分たちで勉強した」と、BATANに対する不信が口をついて出てくる。 彼女たちによると、「ムンジュラン・バル地区は、錫の精錬工場や役所に勤めている人や、商売をしている人や漁民が混在していて、漁民たちは原発に危惧を持っている人のほうが多い」とのことだった。 また、「先祖からずっとここに住んでいる家庭が多く、原発が来たからといっていまさらよそへ引っ越すわけにはいかない」「原発が来たら電気代がただになるというけど、米や野菜は畑で採れるし、豊かではないが、お金だって子どもを学校へ行かせるくらいは稼げる。だから、原発は欲しくない」とはっきりと述べていた。 その後、原発の建設予定地を見に行った。白く美しい砂浜から数百メートル登っていったところに、大きな鉄塔が建っている。ウダイ氏は、そこが炉心の位置だという。 炉心予定地。「観測用」の鉄塔が建てられているのみで、事務所には誰もいない 浜で砂金ならぬ砂錫(サスズ)を集めている人たちがいたので、彼らに話を聞いてみる。彼らは漁師で、本来は自分の船で沖に出て漁に励みたいのだが、錫精錬工場の廃液のせいで海が汚染され、最近は漁獲高が減っているという。そのため、漁獲が減る時期にこうして浜で砂錫を集めて生計の足しにしているとのことだ。 彼らは、この浜のすぐ裏側に原発が建てられる計画であることは知っていた。しかし、BATANからは何の説明も受けていないという。福島原発の事故で福島県内の漁業が壊滅してしまったことを話すと、「漁民の多くは、原発建設には反対だ」と静かに語ってくれた。 原発建設予定地すぐ前に広がる白砂のビーチ 続いて、原発建設現地となるアイル・プティ村の村長に会いに行く。筆者が日本から来たと自己紹介すると、44歳とまだ若い村長はおもむろに家の奥からノートを持ってきて、逆に福島原発の事故について質問攻めにされた。 村長は、他の村長や村議らと一緒に何度もBATANのソーシャライゼーション会議に呼ばれている。そのたびにBATANから「原発は絶対に安全で、漏れる放射線は自然放射線に比べて極めて小さい」「福島の事故はすでに収束した」「原発ができると、雇用が増えて村は豊かになる」などと、いいことづくめを聞かされるので、「どうもおかしい」と疑問に思っていたらしい。 筆者が「どこの原発も使用済み核燃料の持って行き場がなくて、保管プールが満杯になっている。使用済み核燃料や高レベル放射性廃棄物の保管が原発のリスクの致命的問題」と説明すると、うんうんと頷きながら耳を傾けてくれた。ウダイ氏によると、村長は原発には懐疑的で、県知事事務所へのデモにも参加したことがあるという。 最後に訪れたのは、炉心予定地から4kmくらいの距離の華人の集落。ここでは、夫と食料品店を経営している華人女性に話を聞いた。なんと驚いたことに、彼らは原発建設計画それ自体を知らされていなかった。場合によっては立ち退きの対象となりかねない住民に何の説明もしないとは、単なる行政の怠慢なのか、それとも華人に対する隠微な差別のあらわれか。はたまた、経済力があって教育水準も高く、地縁血縁で結束する華人たちに反対にまわられるとやっかいと見たのか。 「由(よ)らしむべし知らしむべからず」とは論語のフレーズだが、ここインドネシアでも日本と同じ誤りがくり返されようとしている。ちょうどチェルノブイリ事故のあとの日本政府がそうだったように、BATANや県知事は「日本の原発は旧式で、インドネシアに建てるのは最新式だから事故は起きない」と地元村長たちに説明しているそうだ。 原発の「利点」は誇大に強調するくせに、都合の悪い事実はデマと隠蔽で極力封じ込める。味方になりそうな住民や権力者には、お金やモノをばらまいて手懐ける。批判する側にまわりそうな人々には、情報を流さず、徹底的に無視。そうでもしなければ、原発を受け入れる自治体・住民などいないということをBATANは知っているかのようだ。 今回の調査ではっきりわかったことは、ヨーロッパだろうが、インドネシアのような途上国だろうが、これまで原発を推進してきた側のやってきたこと、そして、彼らがこれからやろうとしていることに大きな違いはないということだ。 福島原発の事故の顛末をできるだけ多くの現地の住民に伝えることの重要性を、強く感じた訪問だった。 **************************************************************** ノーニュークス・アジアフォーラム通信 No.124 もくじ (13年10月20日発行)B5版28ページ ● 伊方原発再稼働ノー! 12月1日、松山まで来て! (小倉正・広瀬隆) ● インドネシア・バンカ島の原発建設予定地を訪ねて (安部竜一郎) ● ベトナム・トルコでの原発建設調査に費やされた 国税36億円と日本原電受注のナゾ (満田夏花) ● 2013年9月のベトナムで (吉井美知子) ● 日本とブラジルの原子力協定締結に反対する団体署名、両国で同時提出 (印鑰智哉) ● 福島第一原発汚染水漏洩・流出事故についての緊急国際署名 ● 脱核アジア平和のための日韓市民による西日本原発ツアー (小原つなき) ● インド・ミティビルディから40kmにわたる大規模なデモ行進 ● 第2のクダンクラムが、グジャラートで起きるのか (プラジナ・K) ● イディンタカライ村で私たちが経験したこと (S.P.ウダヤクマール) **************************************************************** 年6回発行です。購読料(年2000円) 見本誌を無料で送ります。 事務局へ連絡 sdaisuke?rice.ocn.ne.jp 「?を@に変えてください」 **************************************************************** [目次へもどる] |