ノーニュークス・アジアフォーラム通信No.120より

マレーシア・レアアース製錬工場の環境影響

(前篇):ライナス社レアアース製錬工場稼働問題

                             和田喜彦(同志社大学経済学部)

はじめに 

 筆者は、2012年11月下旬にマレーシアに飛んだ。その目的は2つあった。一つ目は、マレー半島東海岸に新設されたライナス社のレアアース製錬工場の実態を観察し、工場稼働に反対している住民側と工場側の両者の主張を聞くためであった。二つめの目的は、約30年前に深刻な放射能汚染を引き起こしたエイジアン・レアアース(ARE)社の製錬工場跡地(イポー市近郊)を訪ね、その後の状況を知るためであった。この前篇ではライナス社の製錬工場についての現地報告を行ないたい。次号では後編としてARE社事件の状況報告をお伝えしたい。

1.レアアース採掘・製錬過程で出る放射性廃棄物(トリウムなど)

 レアアースは、17もの鉱物の総称で、スマートフォンからハイブリッド自動車、果ては最新軍事技術に至るまで、各種ハイテク製品に必要不可欠な資源である。

 中国が、全世界で消費されるレアアースの約97パーセントを供給している。しかし、近年、中国は、環境汚染防止と資源保全という名目で生産量と輸出量を制限しており、安定した供給を実現するためには、供給元の多様化が必要であるとされている。

 そもそも、なぜレアアース生産は中国に集中してきたのか。レアアースを含有する鉱脈は世界中に存在している。たとえば、アメリカやオーストラリア、カナダなどに豊富な資源量を誇る鉱床が存在する。しかし、1990年代の中国の安値攻勢によって採算が合わなくなっていたのである。

 中国でレアアースが安く生産できたのには理由がある。人件費の安さも寄与するが、汚染対策費を低く抑えることができたという要因が大きい。1990年代の中国は、採掘や製錬で生じる大量の「鉱滓(テーリング)」と呼ばれる廃棄物の管理・規制がほとんど実施されていなかったのである。

 一方で環境規制が厳しい国でのレアアース生産は汚染防止のため、コスト高となり中国に駆逐されたというのが実態である(加藤、2012年)。

 レアアース採掘と製錬の過程で出る鉱滓の中でも特に注意しなければならないのが、放射性物質であるトリウム232とウラン同位体元素である。陸上のレアアース鉱床のほとんどの場合、トリウムなどの放射性物質が含まれているのである。

 因みに、トリウム232の半減期は141億年。アルファ線を出しつつ崩壊する。トリウムが体内に取り込まれた場合、内部被曝を引き起こし、細胞中のDNAの二重ラセン構造を切断する危険性を持つ。そればかりか、トリウムは、自然崩壊の過程でタリウム208というガンマ線を出す元素に変わる。

 従って、レアアース鉱滓は厚いコンクリートや鉛などで超長期間にわたり厳重に管理する必要がある。

2.オーストラリアのライナス社によるマレーシアでの製錬

 オーストラリアに本社があるライナス社(Lynas社)は、西オーストラリア州ラバトンの南35キロにあるマウント・ウェルド鉱山でレアアース鉱石を採掘し、選鉱処理を施したのち、それをマレーシアへ運び、自社の最先端の技術を誇る製錬工場(Lynas Advanced Materials Plant、以下LAMP)で分離・製錬を開始した(2012年12月7日現在、AR. 2012.)。この工場は中国以外では最大級であり、日本をはじめ、世界中から期待されている。

 日本政府は特に積極的に動いており、独立行政法人「石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)」を通じ、この製錬工場建設用の資金として、ライナス社に対し約200億円の融資を実施した。双日(株)とJOGMECそしてライナス社との間で、年間8,500トン(日本国内のレアアース需要の約3割に当たる)のレアアース供給を10年間行なうという契約も成立している。

マウント・ウェルドで産出されるレアアース鉱物資源
酸化ランタン、酸化セリウム、酸化プラセオシム、酸化ネオジム、酸化サマリウム、酸化ユーロピウム(以上が軽レアアース)、酸化ガドリニウム、酸化テルビウム、酸化ジスプロシウム、酸化ホルミウム、酸化エルビウム、酸化ツリウム、酸化イッテルビウム、酸化ルテチウム、酸化イットリウム(重レアアース) 

 ライナス社は、もともと中国において同様の製錬工場建設を計画していた(Bradsher, 2012.)。しかし中国政府は、2006年以降段階的にレアアース採掘・製錬工程の規制、とりわけ環境規制を強化し続けている。

 ライナス社は、2007年に立地場所をマレーシアのトレンガヌ州に変更した(Bacon, 2012.)。マレーシア政府がライナス社に対し10年間の法人税免除を申し入れたという事情もあった。ところが、この州のスルタン(君主)が反対表明を行なったため計画は頓挫した。

 そのため、2008年、東海岸中部のペハン州クアンタン市の北方のゲベン工業団地内の敷地に白羽の矢が立った。この地には既に石油化学工業を中心とする企業が多数立地している。またクアンタン港から2.5qという地の利もありこの地が選定された。




 
    ゲベン工業団地の近接航空写真 
(作成協力:坐間昇)


 ただし、ゲベン工業団地から南方10qにはクアンタン市、北方10qにケママン市という人口が数十万人の中規模地方都市が存在する上、付近は南シナ海に面する風光明媚なリゾート海岸が続いている。ウミガメの産卵地も付近にあり、その隣接地には、「地中海クラブ」という高級リゾートも立地しているという土地柄である。

 現地調査をしてわかったことであるが、このゲベン工業団地の敷地は、もともと海抜が低く、灌木が生える湿地帯が広がっていた場所である。そのような水分の多い土地の上に、近隣の山を削って得た赤土を大量に搬入して盛り土をして整地した、地盤が脆弱な場所なのである。以上の特性がある土地に、トリウム232、ウランなどの放射性廃棄物が大量に産み出される工場が造られたのである。

 ここは、洪水の発生が懸念される場所でもある。実際、2012年12月25日に、製錬工場LAMP敷地とその周辺は大雨のため洪水が発生している(SMSL 2013.下の写真)。


  洪水に見舞われたLAMP 2012年12月25日(SLSM 2013)


 元々湿地帯であった場所であるため、洪水が起こらなくとも、万一、放射性物質が土壌中に漏えいした場合には、容易に地下帯水層に流入するという危険性も高い。
 
3.放射能汚染の懸念と住民による反対運動

 ライナス社は、2012年5月よりLAMPの操業を開始する準備を整えていた。しかし、工場の建設が始まる2年前から、廃棄物の漏えいによる放射能汚染と健康被害への懸念、周辺の不動産価格の下落などの問題点が指摘され、地元周辺の住民による反対運動が開始された。

 2011年、LAMP施設の建設に携わるエンジニアが、3月11日の福島原発事故をきっかけに、工事の杜撰さを内部告発した。その告発を受けたニューヨークタイムズの記者が記事を掲載した。その時点で、工事は80%完成していたという。これを契機とし、住民運動が本格化していった。

 住民組織は複数存在するが、その中でも、「Save Malaysia Stop Lynas」(「マレーシアを救うためライナス社の稼働を止めよう」、SMSL)と称する市民団体が、この運動の中心的存在となっている。この団体のコアメンバーは多彩である。代表を務めるBun Teet Tan氏は、元高等学校で理数科の教師だった人物だ。その他、実業家、医師、会計士、エンジニアなどが集まって知恵を出し合っている。

 ライナス社のLAMPの設計や工事が杜撰であると知った住民たちは、住民に十分な説明もなく建設を許可した政府に抗議した。政府は、パブリックフォーラムを6回にわたり開催することを約束したが、これまでに2回しか実施されていない。

 住民の納得を得ることができないマレーシア政府は、2011年6月に,国際原子力機関(IAEA)の調査団をマレーシアに招き、LAMPの許可審査過程に関しての第三者による調査を依頼した。IAEAは11点の改善勧告を公表し,政府とライナス社はそれらに従うことを公の場で発表した。

 しかし、政府とライナス社は、情報を公にすることと、審査過程の透明化、長期的な放射性廃棄物管理計画の見直しといったIAEAの勧告に従うという約束を守らなかった。

 2012年1月30日に、マレーシア原子力発電認可局(AELB)が、LAMPに対する二年間の暫定運転免許(Temporary Operating License, TOL)を付与することとした。しかし、ライナス社がIAEAの改善勧告を満たさなければならないという理由により、暫定運転免許の発行は停止された。

 一方で、安全な長期的放射性廃棄物管理プランが立てられていないにもかかわらず、鉱石を輸入する免許と廃棄物を処理する免許の2つの免許がライナス社に対し発行された。

 2012年11月8日に、マレーシア・クアンタン高裁にて、幾度も延期がくり返されたLAMPの暫定運転免許を認めるか否かの判決が言い渡され、結果的に暫定運転免許の有効性が認められた。

 判決を受けて、市民団体SMSLは2012年11月9日に、対話のための暫定的な猶予期間を与えよ、もしくは暫定運転免許の再度の暫定的な停止をするよう控訴した。そして、2012年11月14日にヒアリングが行われた。

 12月19日に、マレーシア控訴裁判所は、ライナス社の暫定運転許可を停止する司法の命令を求める住民側の訴えを却下した。そして、住民側に対し、訴訟費用と弁護士費用としてライナス社と政府側にそれぞれ10,000マレーシア・リンギット(約29万円)を支払うよう命じた。

 以上が、マレーシアでのライナス社の動きと反対運動に関する最近の動向である。鉱石は11月中に搬入されたが、工場施設のベルトコンベアの不具合などがあり、実際の稼働開始は12月7日ころであったと見られている。ただし、前述したように、2012年12月25日には、この工場が洪水に見舞われており、それによる影響は定かではない。

 ライナス社は、最初の3か月は年率11,000トンで生産をし、2013年からは年率22,000トンで操業することを計画しているが、現在どの程度生産しているのか定かではない。

4.ライナス社の主張

 筆者は、ライナス社のLAMP工場に入溝し、工場責任者と短時間面会した(2012年11月27日)。

 工場責任者からの説明によると、「LAMPの操業から排出される放射性トリウム廃棄物の放射能レベルは、6.2Bq/gなので、現在作ってある鉱滓ダム(粘土層とHDPE層、放射能漏えい検知器が付いている)で充分管理できる」とのこと。

 しかし、ドイツの研究所の指摘では、粘土層はわずか30cm、HDPEは1oの厚みしかない。これでは、ドイツの一般有害廃棄物でも許可が降りないという(Oeko-Institut. 2013.)。

 また、「廃棄物は何年管理する予定か」との問いに対しては、回答がなく、「トリウムの半減期は141億年であり、非常に安定的であるため、万一環境中に漏れても影響は少ない」などと述べた。「過去のエイジアン・レアアース事件の場合より、廃棄物は放射能レベルがかなり低いので心配はいらない。万一、大気、水中に放射性物質が漏れたとしても、工場の境界線での放射線量は、最悪の場合でも、0.002mSv/年、すなわちバックグラウンド以下の値となるという予測であるから大丈夫だ」とのこと。しかし、廃棄物が環境中に漏れた場合の放射能汚染の程度は、国際的に許容できる量の1,000倍に達すると、上記ドイツの研究所が批判している。

 福島市内に存在するホットスポット(=除染が必要である)の土壌のセシウムのベクレル値は、12,000Bq/kg程度であり、グラム換算では12Bq/gとなる。この数値と比較しても、6.2Bq/gのトリウム廃棄物が環境中に漏えいしても大丈夫とは言えないレベルと言えよう。

 京都大学・小出裕章氏の計算では、ライナス社のトリウム廃棄物(6.2Bq/g)の中には、約1,500 ppm のトリウム232が含まれる。小出論文(1990年)で問題提起された岡山県の酸化チタン製錬廃物中のトリウムの濃度は約700ppmであり、ライナス社の廃棄物の濃度はその2倍以上である。かりに2倍と仮定し、岡山のトリウム廃棄物の事例をライナス社の事例に当てはめた場合(諸条件の相違があるものの)、地上1mの空間線量は年間36ミリSvとなり、現在の甘い基準で一般人に許されている被曝許容量1ミリSvを大幅に超える値となる。

 工場責任者が述べた「万一、漏れても影響は少ない」という主張は正当性を欠くと言えよう。
 
5.日本の責務

 帰国後、筆者は、JOGMECのレアアース担当者とも面会した(2012年12月7日)。担当者は、工場周辺地域の住民たちが強く反対しているという状況を十分承知していた。日本政府の立場と今後の対応方針を尋ねたところ、日本政府としては、環境への十分な配慮を行なうようにマレーシア政府とライナス社に要請しているので、これ以上踏み込んだ対応を行なう予定はないとのことであった。しかし、超長期的な環境汚染と健康被害が懸念され、この問題への国内はおろか、国際的な批判の高まりに鑑みて、出資者であり受益者である日本政府は、今すぐ何らかの行動を起こす必要があるだろう。

 日本の主要メディアの環境担当記者3名に、ライナス社問題が大きな国内問題、かつ国際問題にさえなっていることを昨年12月中旬に伝えたが、未だに現地取材をしようという動きはない。小生が帰国直後、現地には、『ウォール・ストリート・ジャーナル』などの主要新聞の記者、研究者が相次いで現地入りして調査を行なっているという。日本のマスメディアの姿勢とは大きな差がある。

 一方、日本の市民も、福島原発過酷事故を通じて放射能の危険性について学んだ者として、またレアアース製造の受益者として、故郷と自らの健康を放射能汚染から護ろうとするマレーシア市民の当然の訴えに真剣に耳を傾ける必要があると考える。

 マレーシアの総選挙が2013年春に実施される見込みであり、本件は総選挙の争点のひとつになっている。

*参考文献(著者アルファベット順)

AR, Zurairi. 2012. “Court fixes Dec 19 for appeal on Lynas TOL decision.” The Malaysian Insider. December 7, 2012. http://www.themalaysianinsider.com/malaysia/article/court-fixes-
dec-19-for-appeal-on-lynas-tol-decision  Last accessed on December 19, 2012.

Bacon, Wendy. 2012. “Lynas' Waste Plans A Toxic Pipe Dream.” The New Matilda. http://newmatilda.com/2012/12/19/lynas-toxic-pipe-dream#comments  Last accessed on December 19, 2012.

Bradsher, Keith. 2012. “China, Citing Errors, Vows to Overhaul Rare Earth Industry.”
New York Times, June 20, 2012. http://www.nytimes.com/2012/06/21/business/global/china-vows-
tighter-controls-over-rare-earth-mining.html?_r=1& Last accessed on December 19, 2012.

加藤泰浩。2012年。『太平洋のレアアース泥が日本を救う』。PHP新書。

小出裕章。1990年。「産業廃棄物処分場に姿を現した放射能」『技術と人間』第19巻、第11号。pp. 39-53。
Oeko-Institut. 2013. Description and critical environmental evaluation of the REE refining plant LAMP near Kuantan/Malaysia.  http://www.oeko.de/oekodoc/1628/2013-001-en.pdf Last accessed on February 22, 2013.

Save Malaysia Stop Lynas (SMSL)
http://savemalaysia-stoplynas.blogspot.jp/  Last accessed on February 21, 2013.


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ノーニュークス・アジアフォーラム通信 No.120もくじ

                        (13年2月20日発行)B5版28ページ

● インド・クダンクラム原発反対運動(9)   

● 日立製作所会長・社長への要望書・抗議文 (朴鐘碩)
              
● ムーミンとサンタの故郷、フィンランドから東芝に抗議に (崔勝久)
      
● マレーシア・レアアース製錬工場の環境影響  (和田喜彦)
          
● 朝鮮民主主義人民共和国の核実験に抗議します (東電前アクション!)
     
● 脱原発運動から見る韓国大統領選 (高野聡)
                 
● 関西で横行する不当逮捕 (関西大弾圧救援会)        

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