日本初の本格的原発輸出
抗議の中、台湾へ

 6月13日、市民団体が「被爆地広島から原発を輸出するな!」と海上抗議行動を展開するなか、
台湾第四原発に向けて呉港から1号機原子炉(日立の沸騰水型ABWR圧力容器・135万キロワット、東芝の再循環ポンプつき)が積み出された。



 台湾の多くの人々がこの原発建設に反対している。94年に地元の貢寮郷での住民投票で96%が反対。その後、台北県、首都台北市、となりの宜蘭県でも住民投票が行われ過半数が反対。貢寮郷政府、台北県政府も明確に反対。地元の合意はない。2000年には第四原発建設中止を求める10万人デモも行われた。

 また、台湾は核不拡散条約(NPT)に不参加。過去に核兵器開発を行っており、日弁連も2002年の報告書でこの原発輸出は核不拡散条約違反の疑いがあるとしている。台湾は地震が多く、現地のすぐ近くで数十の海底火山も発見された。そして、日本の多くの沸騰水型炉でひびわれが発見されているが対策はできていない。運転再開することが許せないのと同じように、輸出することも許せない。

 私たちはこれまで様々な反対運動を行ってきたが、輸出をとめることができなかった。国内で大きな反対運動ができなかった。ほんとうになさけない、台湾の人々に申し訳ない。

 20日、「抗日行動」と銘打ち、現地貢寮郷が地方自治体として抗議行動をするなか、原子炉は搬入されてしまった。貢寮郷は百年前に日本軍が植民地統治のために初めて上陸、侵略した地でもある。原発建設地のすぐ前の海岸に「抗日記念碑」が建っている。台湾の人々はこの原発輸出を「日本の台湾再侵略」「恨みと恐怖の輸出」と表現した。

 東芝の2号機原子炉輸出をとめるため、26日の東芝株主総会に台湾環境保護連盟会長の郭金泉さんが株主として来日、参加した。郭さんは総会で「台湾の多くの人々の意見を無視して子供たちの命を危険にさらす原発輸出から直ちに撤退してください」と強く訴えた。

 翌27日、陳水扁総統は来年3月の総統選挙までに第四原発建設の是非を問う公民投票(国民投票)を行うと表明した。

 台湾の人々との連携・協力を続けよう。それは輸出国の私たちの「責任」でもあると思う。

ノーニュークスアジアフォーラム・ジャパン事務局 佐藤大介 

(はんげんぱつ新聞第304号より)

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