ノーニュークス・アジアフォーラム通信No.133より

司法がとめた再稼動

           水戸喜世子

 4月14日、福井地裁民事第2部、樋口英明裁判長・原島麻由裁判官・三宅由子裁判官は一つの命令を出した。

 主文:1.高浜発電所3号機および4号機の原子炉を運転してはならない。2. 申立て費用は債務者の負担とする。

 司法が再稼働を阻止するという歴史的瞬間だった。




 その2日後、申立人代表と弁護人で関電本社を訪れ、司法の決定を厳粛に受けとめ、原発依存の経営方針を根本的に転換するよう懇々と要請したが、聞いてもらえず、関電側はおそらく判決文を丁寧に吟味することもなく異議申し立てを行なった。私たちは改めて訴訟を行なうことになるが、その間、再稼動はできないのである。

 昨年5月21日の歴史的な大飯判決の翌日も、原告の一人として弁護団とともに関電本社に申し入れをしたが、対応の仕方からも、その逼迫さは一層深刻さを増しているように見受けられた。同行者の一人は「敗戦直前の日本軍のように張子の虎だね」と語った。


 私たちが仮処分の申し立てをしたきっかけは、原子力規制委員会が今年2月12日に、新規制基準を満たしているとして、川内原発に次いで、高浜原発3・4号機についても審査合格書を出したことによる。

 フクシマの後始末の見通しさえ立っていないというのに、たかが赤字解消だけを理由に、またもやフクシマの再現が許されていいのか。川内、高浜の再稼動はなんとしても食い止めねばならぬ。しかし、いったいどんな有効な方法があるのかと悶々としていたとき、弁護士から「リスクはあるけど仮処分の申し立て人になる方法がある」と告げられた。リスクとは負けた場合に関電側から請求される損害賠償のことである。ささやかな老後資金がないわけではないけど、再稼働を一日でも遅らせ、その間に世論を喚起する時間が手に入るならば、何を惜しもうと8人の仲間とともに原告に名を連ねたのだった。

 この申し立てを受理したのが、入魂の大飯判決文を世に送り出した福井地裁民事第2部の裁判官であったことは、本当に天佑としか言いようのない幸運であった。

 仮処分の審尋は非公開だが、申立人と代理人は出席できる。陪席はなく裁判長一人の対応だった。審尋は2回開かれた。

 1回目は1月28日。裁判長はいきなり、「350ガルから700ガルに数字を上げているが耐震補強工事はしたのですか、する予定はあるのですか」と質問した。返答がないので、「12人乗りのエレベーターを16人乗りに変更するときには、ワイヤを太くするとか、補強工事をするでしょう?」。関電側は、ひそひそ打ち合わせしてから、「もともとゆとりがあるから大丈夫です」といった意味のことを蚊のなくような声でのべた。

 裁判長は「免震重要棟がどうなっているかについては書面で遅くとも3月4日までに出すように。次回を『3月11日』とする」と告げて閉廷。

 第2回の審尋で、申立人側は「規制委員会の設置変更許可がすでに出てしまっているので、今日をもって審理を終え、一刻も早く決定を出していただきたい」と発言。これに対して裁判長は「①高浜については規制委員会がすでに設置変更許可を出しているので、保全の緊急性がある。すでに機は熟しているので、本日で審理を終結する。決定をする期日は、決まったらその5日前までに双方に告知する。②大飯3・4号については、5月20日に審理を続行する」と告げた。

 この発言中に、関電の代理人が何回か立ち上がって裁判長の発言を遮り、「まあ聞きなさい」と裁判長に制止される場面が一度ならずあった。「専門家の意見書を出したいから決定延期を要求する」というものだったが、聞き入れられないと見るや憤然と立ち上がり、「3人の裁判官の忌避を申立てます」と発言した。「忌避の理由書を出しておいてくださいよ」と、裁判長は淡々と応じて閉廷になった。

 いったいどうなることかと息をのんだのだが、「裁判官忌避は100%認められることはないだろう」という弁護士の説明に、ひとまずは安どした。

 関電側は翌12日に「理由書」を提出、13日、福井地裁刑事部は「裁判官忌避」を却下。高裁へ即時抗告をする期限は3月20日。予想通り関電は期限ぎりぎりに抗告、4月9日になってやっと高裁で忌避却下の決定が出た。このようなハラハラドキドキを経て、決定日は5日後の4月14日と、やっと待ちに待った日が確定したのである。彼らの「忌避」戦術は破たんした。

 結論ありきの拙速であると世間に印象づける狙いであろうが、私が傍聴で見た限りでは、大飯裁判でも進行中の控訴審でも、裁判長の要求する書面を出し渋って、ときに裁判長を辟易とさせてきたのが関電側であった。

 そもそも審尋ではあらかじめ双方が書面を存分に提出し(わが弁護団は段ボール10箱分)、なお不明の箇所を口頭で裁判長が問うという形式だから、土壇場になっての書類提出は、意図的な引き延ばし以外の何物でもない。

 当初の予想よりも、決定が出るまで大幅に時間の遅れが生じたが、よくぞこの程度の妨害でことなきを得たと思う。


 4月14日、夢にまで見た「再稼動禁止命令」が出た。「司法はやっぱり生きていた」のハタが庁舎の階段を駆け下りていく。思わず、ヤッター!と天に向かって叫んでいた。まだ信じられない思いでいる。弁護士や裁判所の陰のご苦労を思う。

 決定理由として、「地震の想定が甘すぎること、使用済み核燃プールが強固におおわれていないこと、免震重要棟ができていないこと、規制基準そのものが甘すぎること」などが述べられているが、そのすべてに、フクシマ事故を二度と起こしてはならぬという強い意志が滲んでいる。大飯判決文ですでに、規制委員会の基準といえども、憲法に照らし裁判所は踏み込んで判断をするとしていた。フクシマ事故の原因を追い求めるなかで行き着いた原発の弱点が5項目に集約された。

 水戸巌が『原発は滅びゆく恐竜である』で述べている「専門家に任せるな。論理を持て。余計な知識は、ときには真実を見る目を曇らせることさえある」の記述を思い出す。3・11以前の原発裁判のほぼすべてが、専門性の煩雑な迷路に誤誘導された裁判官が、最終的に「権威」に頼り、原発にフリーパスを与えつづけた結果がフクシマであった。反原発の知を結集し、絶対負けられぬと1970年代に心血を注いだ東海裁判も、判断停止の裁判長が立ちはだかる国策の壁を破れなかった。樋口裁判長はその愚をくり返さなかったのである。

 「地震学の理論上導かれる最大数値が700ガルであるというが、20か所にも満たない原発のうち4つの原発に5回も、それをはるかにしのぐ地震動が、この10年足らずの間に到来している事実を見よ」と、誰も反駁できない事実を据えて規制委員会を論破した。

 3・11以前の司法は、フクシマ事故のA級戦犯であり、その不信は容易に拭えるものではないが、この3人の裁判官は、司法への信頼をつなぎとめてくれた。

 4月17日、弁護団は原子力規制委員会に、高浜の後続する検査をはじめ、すべての原発についての、何ら安全性を保証しない無意味な審査を中止するように文書で求めた。

 世論調査はこの仮処分決定を支持する人が67%(毎日)、65.7%(日テレ)に上ると報じた。時代は大きな転換点を迎えたといっていい。原発ゼロへの一歩を大きく踏み出したのである。しかし、原子力ムラという頑迷な壁を破るには、まだまだ忍耐強い戦いが要求されることだろう。

 前掲書で水戸巌はこうも警告を発している。「原発には二つの危険がある。現実に事故が起きる危険。もう一つは何十万年にもわたって、子孫に毒物を残すという危険。その間、人はその毒物を管理し続け、それによって、われわれが管理され、抑圧されることに必ずなる」

 民主的権利を手放すことなく、原発なき故郷づくりへの王道を歩もう。


『原発は滅びゆく恐竜である ―水戸巌著作・講演集』
(緑風出版・2014年)

***********************

ノーニュークス・アジアフォーラム通信
No.133 もくじ

 (15年4月20日発行)B5版24ページ

● トルコ・シノップ原発建設の法整備に反対する
(サムスン県反原発プラットフォーム)...

●シノップにもアックユにも、トルコのどこにも決して原発をつくらせない!
(トルコ反原発プラットフォーム)  
 
●インド・人々の反対を押し切って進められるミティビルディ原発建設に反対する!
(4村長)

●インド・決して終らないジャドゥゴダの悲劇 (ジャールカンド反放射能同盟)

●台湾・2015全台廃核大遊行、46000人
            
●韓国・ヨンドク核発電所「住民投票」要求から、「建設計画白紙撤回」を勝ち取る闘いへ!
(パク・ヘリョン)
    
●司法がとめた再稼働
(水戸喜世子)   
                
●避難計画の矛盾を具体的に突いて ― 関西での再稼働反対のとりくみ
(島田清子)

●被ばく労働者統一春闘 (三浦俊一)  
                   
●玄海MOX裁判・不当判決 ―命のためにひきさがるわけにはいかない
(永野浩二)

●いよいよ正念場! STOP川内原発再稼働 (小川みさ子)
            
●川内原発のスイッチは押させない!
(青柳行信) 

*******************
年6回発行です。購読料(年2000円)
見本誌を無料で送ります。 
事務局へ連絡ください
→ sdaisuke?rice.ocn.ne.jp
「?を@に変えてください」

[目次へもどる]