ノーニュークス・アジアフォーラム通信No.125より

 フィリピンは今 ― くすぶる原発計画と米軍基地復活?―

                コラソン・ファブロス (11月22日、大阪での講演より)

原発と核兵器に抗して

 私が所属する非核フィリピン連合は、いわば二つの顔を持っています。一つは、原発に反対すること、もう一つは、核兵器に反対することです。核兵器の問題も扱うことから、フィリピンにおける米軍基地の問題にも関わっています。ここ数年は、より喫緊の課題であった米軍基地の問題に軸足を置いて活動してきました。しかしフィリピン政府が再び原発建設に強い関心を示し始めたため、私たちももう一度原発反対運動に力を入れ始めたところです。

独裁の象徴、バタアン原発

 フィリピンでは、バタアン原発に反対して激しい運動が展開されました。バタアン原発は建設されましたが、民衆の反対運動があまりに激しかったため、一度も稼働したことはありません。今もバタアン州モロンで、その姿をさらしています。

 1958年にフィリピン原子力委員会が設立され、1960年代に独裁的なマルコス政権が原発建設計画を推し進めました。1972年に戒厳令が敷かれる中、1973年になるとマルコス大統領がフィリピン国内の原子力産業育成を命じます。76年には汚職と腐敗の中で、アメリカのウエスチングハウス社との間で加圧水型原発の建設契約が締結されました。予定地が選定され、1977年に建設開始、85年に完成しました。

 1981年に戒厳令が解除されます。82年から86年のマルコス政権崩壊までの数年間、独裁政権に対する反対運動が国中に広がりました。バタアン原発の反対運動は、マルコス独裁に対する反対運動でもありました。安全性がないがしろにされ、マルコスとその取り巻きの癒着や汚職のひどさは目を覆うばかりでした。

 そして1986年にチェルノブイリ事故が起こり、この悲劇がフィリピンの人々の意識を変えました。バタアン原発を絶対に動かしてはいけないという思いが強まりました。チェルノブイリ事故が起きたのは、マルコスが打倒されて新政権が生まれたころでした。ピープルパワー革命と呼ばれた大きなうねりが、バタアン原発を閉鎖へと追い込みました。

原発の亡霊の再来

 それからずっと、政府が原発への関心を示すたびに抗議が巻き起こり、原発計画を断念させてきました。各国の原子力産業が、いつもフィリピンで積極的にロビー活動を行っています。もちろんフィリピンだけではなく、東南アジアがそうした対象となっています。

 2008年、政府は強力に原発導入を検討し始め、韓国電力公社とバタアン原発再開の実現可能性調査を行うための覚書を結びました。このときも反原発運動、とくにバタアンでの反対運動が再び激しく巻き起こり、国会に上がった原発に関する法案はすべて否決されました。


      バタアン、2009年6月

 2010年に政権が交代すると、再びエネルギー問題が取りざたされるようになりました。バタアン原発再開や新規の原発建設が議論に上り、フィリピン全土に13か所の予定地があることも明らかになりました。

 2011年には、バタアン原発再開の可能性に関する評価が行われ、再開は妥当ではないという結論になりました。これでバタアン原発自体の再開はなくなりましたが、新規建設は模索されています。

ずさん極まりないバタアン原発

 推進派は、いまだに原発はクリーンだと主張しています。バタアン原発の経緯から、反原発意識の強い民衆を早い時期から「教育」していこうと、学校のカリキュラムに介入して原発推進教育を行っています。

 原発が危険なことはすでに明らかですが、バタアン原発の場合は、フィリピン科学者会議による技術監査によって、明らかな欠陥が4000か所以上見つかったのです。しかも、ナティブ火山のすそ野に建てられているので、地震や噴火の影響で大事故を引き起こす可能性もありました。環太平洋地震帯の中にフィリピンも位置しているのです。

 福島原発事故レベルの事故が起きた場合に、アメリカの基準を当てはめると、半径80km圏内の人々が避難しなければなりません。バタアン原発に当てはめると2000万人が避難を強いられるのです。私たちは、政府によって予定地とされている他の地点についても、この半径80kmを地図に落とし込むことで、どれだけの被害の広がりがもたらされるかを人々に伝えています。

 バタアン原発は、建設コストが国民に大きな負担となりました。そもそも契約が成立したときは6億ドルだったのに、できあがったときには23億ドルにも膨れ上がっていました。フィリピンが世界銀行から融資を受けた案件のなかで、最大のものでした。金額が膨れ上がった理由は、マルコスらが私腹を肥やしたこと、官僚の汚職などもありましたが、ウエスチングハウスが値段を釣り上げて行ったという事情もありました。その返済に30年かかりました。つい最近、完済しましたが、国民にとってあまりにも大きな負担となりました。

フィリピンを狙う原発企業

 様々な原発企業が、輸出を狙っています。福島事故後は人々の反対が高まり、少しペースダウンしていますが、フィリピンでも東芝、関西電力、東京電力などが活動しています。ウエスチングハウスは、東芝の傘下に入っていますので、悪名高いウエスチングハウスの社名を出しては活動していません。

 フィリピンでは、自然エネルギーで十分に電力をまかなうことができます。とくに小水力があっています。貧しい農村の人々でも運営できるのです。政府は、巨大な電源プロジェクトではなく、自然に基づいて人々が民主的に参加できる、小規模分散型の、コミュニティに根づいた発電方法に対して融資すべきです。しかし、政府はそのようなプロジェクトを好みません。うまみがないからです。フィリピンの汚職は大きな問題です。

 人々は今も、原発建設は絶対に止めなければならないと心から思っているので、何か起これば人々はすぐに以前のようなキャンペーンを繰り広げることができるでしょう。福島原発事故後、「核のないフィリピン」というネットワークが結成されました。人権、環境、労働など幅広い団体が参加しており、反原発運動を広げ、強めていくことをめざしています。福島で起きた悲劇に思いをはせ、連帯し、フィリピン政府に対して人々の声を聴くように求めていきたいと思います。

進む米軍の再基地化

 1992年、フィリピンに駐留していた米軍がすべて撤退しました。しかし少しずつ、段階的に、新しい協定などが結ばれて、米軍がフィリピンへの関与を強めています。「再基地化」と表現しています。

 米軍撤退以来、ACSA(1994年)、訪問軍隊協定(1998年)、相互補給支援協定(2002年)などが進められて、米軍がフィリピンに入って活動するようになりました。2007年には相互補給支援協定が改定され、食料、水、石油、衣類、弾薬などの供給を確保すること、演習中の米軍の活動を保障することが盛り込まれました。南部のミンダナオでは、太平洋特殊作戦軍の兵士600人が訓練をしています。

 その結果、米軍のローテーション型プレゼンスが永続化しました。フィリピン軍施設内に米軍兵士のための常設施設を建設し、補給物資や設備を置くようにもなりました。

 基地を閉鎖に追い込んで、米軍施設もフィリピンに返還されたというのに、21年がたって米軍は再び戻ってきています。そして、協力強化とローテーション型プレゼンス増大のための「新協定」が締結されようとしているのです。

なぜ新たな協定が必要なのか?

 一つは、アメリカが、アジア太平洋地域のリバランス(力関係のバランスを取り戻す)に伴い、2020年までに海軍・空軍の60%をアジア太平洋地域に移動させようとしていることです。二つめは、沖縄の抗議行動によって、アメリカが沖縄から少なくとも8000人の海兵隊員を移動させなければならなくなったことです。そして、アメリカがさらに多くの施設やサービスを手に入れたいと思っているからです。

 オバマ大統領は2011年の演説で「アメリカ合衆国は、アジア太平洋地域とその将来を決定する、より大きく長期的な役割を果たすだろう」と述べています。米国防長官も「アメリカの将来の安全保障と繁栄にとって、この地域の重要性が増している」と述べて、アメリカのアジア太平洋機軸戦略に触れています。フィリピンも日本も、アメリカの鷲の爪にしっかりとつかまれているのです。

 リバランスについては、とくに海軍を中心として兵力の地域移動や軍の設備・装備の高度化などが急ピッチで進められています。海兵隊員8000人の沖縄からの移転は、2016年までに行われるとされています。行先は、4000人がグアム、2000人がオーストラリア、2000人がフィリピンと言われています。2000人規模の兵士の移動には、施設も必要になります。アメリカは艦船の修理、補給物資の輸送、各種施設の建設、電気、ガス、廃棄物処理、休息と娯楽、さらに多くの艦船や飛行機が駐留できる場所などを必要としており、「新協定」を要求しているのです。

 そのためにアメリカが狙っているのが、もと米軍基地であったスービック基地です。スービックは、アメリカにとっては一番喉から手が出るほど理想的な場所です。もしかしたら、米軍がここを再び基地にすることになるかもしれません。

フィリピン軍の基地に米軍を置く?

 アメリカ政府は、フィリピンにある昔の米軍基地をそのまま使いたいと考えています。新協定は基本的に、フィリピンが保有・維持する基地内に、米軍を置くための取り決めであると言えます。もちろんそれであっても、米軍の再基地化になることに変わりはありません。

 新協定の基本的な考え方は、米国防省のアジア太平洋への機軸移動と並行した戦略に沿ったものです。多角的能力の構築をめざし、同盟強化や新たなパートナーシップ構築、共通の利益を持つ連合体を作ることをめざしています。そして、人員にせよ費用にせよ、より小さなコストでより大きな効果を上げようとしています。これは、日本と米軍の間で行われてきたことと同じだと思います。

新協定の交渉を止められるか

 交渉の第1ラウンドでは、新協定が憲法違反ではないことを確認しています。フィリピンの憲法では、外国の基地を置くことも核兵器の持ち込みも憲法違反としているので、アメリカには常設基地の建設はできない、核兵器の持ち込みもできないと伝えています。

 第2ラウンドでは、合同演習や活動にはフィリピンの同意が必要で、双方に利するものでなければならないこと、いかなる軍事施設のアクセスや利用もフィリピン政府側の招きによるものでなければならないこと、何をどこに配置するかはフィリピン政府の事前同意が必要なこと、活動場所と期間を特定した上でなければならないことが話し合われました。

 第3ラウンドはあまり情報がないのですが、この新協定の最高の権限はフィリピン国防省と米国防省にあり、軍と軍との間の協定であることが明らかになっています。

 第4ラウンドはマニラで行われ、これから第8ラウンドまで交渉があると言われています。こうした交渉で再基地化が進むことを絶対に阻止しなければなりません。

 これまで合意に至っていないのは、新協定の有効期間をアメリカ側が20年としたことです。フィリピンはそれは長すぎると言っています。また施設の共同使用の問題、そして憲法で核兵器の持ち込みが禁止されているので、それをいかに監視していくのか、兵器持ち込みのモニタリングメカニズムについてです。

 フィリピンでの状況はあまり良いものとは言えません。交渉を止められるのか確信はありません。しかしあきらめずにたたかい続けていきたいと思います。

 フィリピンと日本は、社会が直面する問題に共通点があります。原発と米軍基地です。

 お互いに情報を交換し合い、連帯を深め、一緒に歩んでいきたいと思います。

質疑応答

Q:スービックは米軍撤退の後、一般の空港となったはずですが・・・・

A:一般の国際空港として使われていますが、正式な取り決めもないまま米軍が使用しており、これは憲法違反です。いわば、その憲法違反を是正するために政府はもっと悪い協定を作ろうとしている状況です。スービックは民生用の空港になったのに、政府が米軍の使用を許可しているのです。一般の飛行機と軍用機が混在するなど、許されるべきではありません。

会場から補足:スービックでは、大きな事故はありませんが、米兵によるレイプ事件などが起こっており、弊害はすでに出ています。

Q:日本政府からの原発売込みもありますか?日本がODAで、アジアの安全保障に寄与するとの名目で巡視船を送ると聞きましたがご存知ですか?

A:安倍首相は、東南アジア地域への原発輸出に前向きです。オバマは優秀な武器のセールスマンで、安倍は優秀な原発のセールスマンだと思います。安倍首相がフィリピンを訪問した際に、すでに原発に関する話し合いがあったと聞いています。

 巡視船の話は聞いたことがあります。詳しいことは知りませんが、中国の脅威を名目にしてのことだと思います。それぞれの思惑があり、中国の脅威を言い立てることで、アメリカはこの地域でのプレゼンスを強めたいと思っているし、フィリピンはアメリカとの同盟を強化させたいと思っているのです。

 政府は、南シナ海のパラワン島の南端にあるオイスター湾に、フィリピン海軍の施設を建設するため5億ペソを計上しました。政府は、これが外部からの脅威に対する防衛の近代化と能力強化の一環であるとしていますが、アメリカがこれをフィリピンとの防衛協力、相互運用性の一環として利用することになるかもしれません。

 フィリピンは中立な国であってほしいです。これ以上アメリカの戦略に巻き込まれたくありません。中国は私たちの隣人です。アメリカが中国の脅威を言い立ててプレゼンスを強めることを、私は非常に不快に思います。

 中国の脅威を言い立てると、アメリカは自分たちの軍事的なプレゼンスを高めることができます。衝突が起きると、東南アジアの国々がさらに武器を購入します。中国の脅威を言うことで東南アジアの政府に武器購入の金をつぎ込ませられるという点で、アメリカにとって中国は財布のようなものであると思います。

 日本のODAで、フィリピンに石炭火力発電所が作られました。それは大規模で、非常に環境を汚染するものでした。フィリピンに対して援助してくれるのであれば、巨大で汚染をもたらすものではなく、再生可能エネルギーを視野に入れて、環境に負担が少なく、持続可能で、貧しい人々でも使いこなせるような電源に対してODAを使ってほしいと思います。

Q:フィリピンでは一般の人は中国に対してどんな印象を持っていますか?

A:フィリピンでも、中国よりアメリカのほうがよいという考えが強いと思います。メディアの影響が大きいのです。キャンペーンをするのがすごく難しいです。日本と似た状況だと思います。

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ノーニュークス・アジアフォーラム通信 No.125 もくじ

                        (13年12月20日発行)B5版28ページ

● 原発メーカー訴訟・原告募集中!
                      
● 原子力損害賠償法は憲法違反 (島昭宏) 
                  
● 原発メーカー訴訟は原発体制との闘い (崔勝久)

● 日印原子力協定の調印に反対する! (福永正明)

● インド・クダンクラム原発反対運動(12)

● ソウル脱核集会に参加して (岡田卓己)

● <11.23 脱核集会共同宣言文>

● 「トルコへの原発輸出に道開く原子力協定に反対を!」国会への要請

● シノップ市の住民団体から日本の国会に対する要請書

● フィリピンは今 ― くすぶる原発計画と米軍基地復活?― (コラソン・ファブロス)

● レンジャー鉱山のウラン製錬設備でタンク破損 (細川弘明)
         
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