ノーニュークス・アジアフォーラム通信No.122より

ベトナムへの原発輸出:たれながされる安全神話   
 
                                          6.9大阪講演より
            
              伊藤正子(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)


                   漁船が並ぶタイアン村

● プロジェクトの経緯

 ベトナムの原発開発計画では、2030年までに14基を建設し、電力の8%をまかなう予定です。

 2000年にベトナム原子力委員会と日本原子力産業協会が「原発導入支援に関する協力覚書」を締結し、2008年5月には日越政府間で「原子力協力文書」が署名され、同年6月にはベトナムの国会で原子力法案が採択されました。

 その後、2009年9月に民主党政権が成立すると、官民一体での原発輸出が掲げられるようになります。原子炉建設のみならず、運転・保守、燃料確保、低利融資までセットにする「丸ごと輸出」を経済成長戦略のひとつとして位置づけたのです。

 2009年には経済産業省の「低炭素発電産業国際展開調査事業」を、日本原子力発電株式会社(日本原電)が請け負うことが決定します。ベトナムの原発計画に関する実施可能性調査で、費用は19.99億円にのぼりました。

 そして同年11月25日、ベトナム国会でニントゥアン原発建設計画への投資が議決されました。ベトナムの知識人たちの中には、このときに国会で議決されてしまったことが、原発計画をやめられない最大の理由だと言う人もいます。平等な選挙を経て成立しているとは言い難い国会ですが、その国会を通ってしまったことがネックになっています。

 日本側では、2010年4月6日に、内閣府主導の「パッケージ型インフラ海外展開実務担当者会議」が開催され、翌年の1月21日まで月2回程度のペースでこの会合が開かれました。これをリードしていたのが仙石国家戦略担当大臣と古川国家戦略室長です。あとは関係省庁の実務担当者が出ていました。そこでは、非常に速いペースで情報共有と意思決定が行われていました。情報共有が行われたトップが原発で、鉄道、水、石炭火力、と分野が並び、その中に「ベトナム」と挙げられていました。分野の中に一つだけ国名が入っているという異様な状態だったそうです。仙石さんがいかにベトナムに入れ込んでいたかがよくわかります。

 2010年7月28日から8月3日、第1第2原発予定地の住民12人が日本に招待されて福島原発などを視察しました。「接待に感激した」「周辺の人々が普通に暮らしていたので、安全だと確信した」などの感想を持った参加者が、地元に安全神話を持ち帰って、それを広めました。

 日本が受注するつもりでいた第1原発を、直前にロシアに持って行かれました。これは、ロシアが潜水艦と抱き合わせで原発を輸出するということを決めたからです。

 これで焦った日本側は、菅首相が、2010年10月末にベトナムに行き、首脳会談でニントゥアン第2サイトに2基の受注を勝ちとりました。レアアース開発のパートナーも日本に決定します。2011年1月には日越原子力協定が署名されます。



 その後、3月11日に東日本大震災が発生し、これによって脱原発に転じた菅政権下で原発輸出推進は一時的にストップしたのですが、首相が野田さんに交替したあと、ベトナム側では原発建設の動きが進展しています。

 2011年9月には、日本原電とベトナム電力公社(EVN)が、原発の導入可能性調査(FS)について契約締結し、10月末から日本原電が、ニントゥアン第2サイトにおけるFSを開始します。日本原電は、所有する敦賀原発の下に活断層があると断定された会社です。そこが請け負って、第2サイトのFSを1年半にわたって実施しました。気象、海象(海の中の状態、波の状態など)、地形、地質等の調査、適地性評価、原発の基本設計、炉型評価、経済・財務分析等による「プロジェクトの成立性評価」等が調査されました。

 これには日本の税金20億円がつぎ込まれ、復興予算から5億円が出ていたということも後に判明しました。ですが、この結果は今年の3月までに原電からEVNに報告されて国会にあがると言われていたのですが、全くの非公開で、日本側でも何も公開されないままです。税金を使っているのに、何にどう使ってどういう結果が出たのかが何もわからないまま原発を建設するなどありえないことだと思いますが、今のところ公開される予定はないということです。新聞記者が原電に問い合わせたのですが、「自分たちの都合ではなくてベトナム側の都合で、公開できない」と言っているそうです。

● 予定地はどんなところか

 ニントゥアン第2原発の予定地は、ニントゥアン省ニンハイ県ヴィンハイ社タイアン村です。約600世帯が暮らしています。100万kWの原発を2基建設する予定です。2021年に1号機が、22年に2号機が発電開始の予定です。

 しかし、官僚、科学技術大臣、商工大臣などが、人材がまだ不足していること、法整備ができていないなどの理由で、遅れるだろうと言っています。


                      タイアン村入り口

 どうしてニントゥアン省が目をつけられたのでしょうか。行ってみてわかったのですが、周辺の省と比べると開発が進んでいないということが一目瞭然でした。ファンラン市というのが省の中心ですが、食事ができるところを探して40分くらい歩いて、やっと薄暗い店が一軒あっただけでした。隣のニャチャンというリゾート地を抱えたカインホア省なら、レストランが掃いて捨てるほどあり、きれいなカフェがたくさん並んでいます。こんなに差があるのかというほど開発の程度が違います。地元は自給自足という面を考えれば貧しくないのですが、現金収入にしぼるとかなり貧しいところとなります。

 ニントゥアン省の人口は60万人弱ですが、チャム族が人口の約12%を占めています。ベトナムには53の、国家が認定している少数民族がおり、チャム族は、マレー系。民族の系統的にはインドネシアやマレーシアの人たちと近い、ことばもマレー語に近いです。2009年の統計では、ベトナムの総人口8584万のうち、チャム族総人口は約16万人です。チャンパ王国という別の王国をつくっていた人たちなのですが、1830年ごろにベトナム王朝に滅ぼされた歴史をもちます。

 日本からの輸出先となっているタイアン村は、観光地ニャチャン(カインホア省)から105km、ファンティエット(ビントゥアン省)から150kmの位置にあり、それらに埋没したかたちで、相対的に貧しいところです。

 省都ファンラン市(人口18万)郊外には、チャムの遺跡が多く残っていますが、観光開発は成功していません。

 ニントゥアン省は、リゾート開発もされている周辺の省と比べると、山が迫っていて広い海岸が少ないところです。日本の原発は人がいないところにつくったと思うのですが、ニントゥアン省の場合は、山が迫っていて、ある程度の広さをもった空いた土地がないため、すでに人が住んでいるけれど比較的平地が広いタイアン村がターゲットになってしまったのだと思います。


            海側からみたタイアン村全景

 タイアン村は、漁業か、細々とした農業以外には生業が考えられず、人口密度も低いので、ニントゥアン省のトップの人から見ても、原発の犠牲にしても省内でも影響の少ないところだと映ったのではないかと思います。周辺の省よりも貧しく、開発が遅れているので、原発マネーをぶらさげられた省幹部が中央からの話に乗ったのではないかと考えられます。

 聞くところによると、ニントゥアン省の幹部の人たちは、引退後は省都のファンラン市には残らず、みんなホーチミン市に行って老後を過ごすそうです。もともと地元の人ではないのか、故郷に愛着がないのか。

 私は2011年の12月にホーチミン市に出張に行きました。夕方7時くらいにテレビをつけたら、グエン・タン・ズン首相がニントゥアン省に乗り込んで、開発や投資について自ら説明しているというニュースをやっていました。ニュースの中で彼は、「ホーチミン市とつなぐ高速鉄道をつくる、道路を建設する、水路も整備する、原発もつくります」と言っていました。そのあと、ベトナム語の字幕が付いた日本の原発のPR映像を1時間くらい延々と流しました。ゴールデンタイムにベトナムテレビ第一放送という公共放送で、偏った情報を流しているといえます。このようにして安全神話を浸透させているのだと感じました。
 


      タイアン村住民移住予定地にたつ未来予想図の看板


        未来予想図の看板拡大、まるで遊園地ができるかのよう

●「安全神話」しか情報がない

 タイアン村は、ヌイチュア国家公園に隣接し、一部が含まれています。絶滅危惧種のアオウミガメの産卵地でもあり、沖合にきれいなサンゴ礁があります。エコツーリズムのサイトにもなっており、タイアン村に隣接した7km北のヴィンヒー村から観光船が出ています。


                   タイアン村沖の澄みきった海

 現金収入は少ないけれど、ブドウやニンニクなどがよくとれて漁業も盛んなので、人々はその場所を離れたくないと考えており、村人たちの希望もあって、予定地からほんの2km弱しか離れていない場所に再定住区が予定されています。

 観光船の舵手をやっている人に、「原発がたったら観光客は来なくなるよ」と話したら、「国家が決定したのだから仕方がない」と言い、観光船の社長さんは「原発ができても何も変わらないよ」と言っていました。周辺のお店をしている人たちなどにも話しましたが、「国家が決定したから仕方がない」と。

 怖いという気持ちはあるが、仕方がないと思って、考えないようにしているタイプ、または、安全神話だけを信じていて、国家がやっているんだから安全だと本気でそう思っているタイプと、2種類に分けられるように思いました。

 2012年2月に取材してタイアン村を舞台にDVDを制作した中井信介さんによれば、タイアン村の世帯数が400から600に、1年くらいで増えたそうです。補償金が世帯ごとに配られるので、世帯を分けてたくさんもらおうということです。親世代と同居している子どもの世帯が、別の世帯として登記し直すということをやっているようです。


     タイアン村人民委員会そばに立てられた看板
       「生物多様性を互いに守ろう」「破壊はすぐだが、回復は遅い」と書かれている

 
 原発立地の問題点ですが、ウミガメの産卵地やサンゴ礁がたくさんある国家公園に重複、隣接した場所であることが一つあげられます。ウミガメはとても繊細な動物なので、ほんのちょっと砂浜の形状が変わっただけでも産卵に来なくなるそうです。ですので、事故があろうとなかろうと、工事があるだけでもうアウトなのだそうです。


       タイアン村人民委員会そばに立てられた看板「互いに海ガメを守ろう」

 また、港湾建設や温排水による生態系への影響もありますし、村人の生計や漁業への影響も大きくなります。

 みんながネットにアクセスできる状況はありませんので、日本の原発見学に行って接待を受けた村長さんがみんなに広報する安全神話しか情報がありません。

 ここは過去に8メートルの津波が来たところです。周辺のチャム族の村に「波の神様」が祀られています。100年以上たっているので、直接津波の記憶がある人は生きていないですが、フィリピン沖などで地震が起きたときに津波が直撃する場所です。第1原発が予定されている場所には断層があると地質学者が指摘しているという話もあります。

● ベトナムの体制の問題

 情報が伝わらないのは、ベトナムの体制の問題がとても大きいです。一党独裁による情報統制がかなり強力に行われています。3.11のニュースも、震災自体についてはたくさん報道されましたが、福島原発のことは4月の終わりくらいから、つまり事故の1ヵ月半後くらいからほとんど報道されなくなりました。十分な情報に基づく民主的な議論はありませんし、国策に反対することも許されていません。

 ベトナムで去年の5月15日、日本政府に原発輸出をやめるよう求めて抗議する署名集めがネットで開始されました。呼びかけたのは、グエン・スアン・ジエンさんと仲間2人でした。

 ジエンさんは、国立ハンノム研究院所属の研究者です。ベトナムは昔の王朝の時代には漢字を使って王朝の文書を作っていました。また、漢字を組み合わせたベトナムの文字も過去にありました。そうした公文書を集めている研究所で働いている人です。彼自身は、ベトナムの古典音楽が専門で、それで博士号をとられた方です。彼がやっているブログがとても人気なのです。ベトナムのマスメディアは全部検閲を受けているので、本当のことは報道されません。個人のブログの方が本当のニュースが流れているということで、ブログが人気なのですが、その人気ブロガーの一人です。自分の国の政府に反対できないので、日本側に輸出をやめてくれと要求しようとしたのです。

 しかし18日、ハンノム院に暴漢が押し入り、ジエンさんに上記文書の削除を要求します。ごろつきのような人たちだったのですが、国家に尽くした「傷病兵」だと名乗っていて、「国家が国の発展のためにやろうとしている計画に反対するとはなにごとか」と言って、ガラスコップを割ったりして威嚇をしたそうです。

 ブログ上からは削除されましたが、3日後の21日、ジエンさんたちは脅しにめげず、署名入り抗議文をハノイの日本大使館と日本政府へ送付しました。当時の野田首相と玄葉外務大臣宛てです。署名には、626人が実名で署名し、住所も書いたそうです。それは、ベトナムでは大変勇気のいることです。ものすごく重い意味があるのです。

 抗議文の中では、日本によるベトナムへの原発建設支援を「無責任、非人道的、非道徳」と批判しています。しかし結局、今に至るまで日本政府からの返事はありません。

 このことは、日本の市民団体の方にも伝わり、「ジエンさんたちが日本政府あて抗議文を出したことによって、ベトナムで彼らが不利益をこうむらないようにしてください」という要請文を、日本側で署名を集めて両政府に送りました。ここで両側の市民社会の協力がちょっとはできた形となりました。

 ジエンさんはその後、ハノイ市情報メディア局というところに数度にわたり呼び出されて、朝から晩まで取調べを受けました。どういう刑になるのか心配していましたが、罰金750万ドンの行政処分が決定しました。罪状は、個人の電子通信ページを利用して情報を供給し、社会の秩序と安全を乱したということです。

 ベトナムでは、刑法88条が適用されて逮捕拘束される人が激増しています。それを適用されなかっただけ、ラッキーだったかもしれません。刑法88条とは、ベトナム社会主義共和国に反対する宣伝をした罪で、非常に重い刑罰です。罰金ではすまず、刑務所行きで、7年、8年の刑務所暮らしになるのが普通の罪です。88条で罰せられなくて本当によかったと思います。

● 原発をつくりたい理由

 「ベトナム人は厳密な管理やメンテナンスは得意ではない。技術立国の日本でさえあんな事故が起きたのだから、ベトナム人が運用できるようなものではない」と、ベトナムの知日派知識人自身が発言しています。ベトナム人はのんびりしていて、きちっと時間通りに100%厳密にするということは得意ではないので、原発の管理に自分たちは向かない、とのことです。

 にもかかわらず、ベトナムが原発をつくりたい理由は、表向きは電力不足です。停電が多いのは確かですが、経済成長の予測を8〜9%として設定して計算しています。

 2011年の経済成長率が5%ですが、昨年はさらに下がっています。去年も今年も、ベトナムの経済はとても悪くて、昨年12月にはボーナスが出ない会社がたくさんあり、不動産、金融関係がぼろぼろです。スーパーに行くと、それまでは5台くらいレジがあって人で混み合っていたのですが、3月に行ったら、レジが1か所しか開いておらず、電灯もほとんど消えたまま営業していました。

 中国のリスクの回避先だなどと言って、日本企業の投資は増えていますが、欧米からベトナムへの投資はとても減っています。

 日本のマスコミでは、ベトナムの本当の姿を報道することがとても少ないです。メコン開発だとか、発展し続けているような報道が多いですが、決してそうではありません。9%の成長率で計算している電力不足は、たぶんおきません。

 「二人っ子政策」が、かなり忠実に守られていて、人口もそんなに増えない。どちらかというと高齢化が、30〜40年くらいしたら始まるのではないか、その方が心配になるくらいです。

 電力不足になって、原発をぼこぼこ建てなければならないかというと、決してそうではありません。

 それよりは、送電のロスが大変な状態です。私も、ホーチミン市内で、送電線が燃えているのを何度も見ました。すごい割合で電気が途中で失われています。いまの電線を効率的なものに置き換えていくだけでも、大きな電力の節約になるのではないかと思います。

 また、原発をつくりたいもう一つの理由として、核の技術を持ちたいという考えがあると思います。領土問題などで中国との間にいろいろな問題を抱えているベトナムとしては、軍事面でも対抗したいというひそかな思いがあると思います。原発が、ナショナリズムとからんだものだということ、とくに中国とからんだものだということが、ベトナムに関してはとても厄介な問題だと思います。

 ベトナムでは、正確な知識を得て原発に反対している人たちというのは、先ほどお話したジエンさんのように、都市に住んでいてネット環境がある知識人のそのまた一部にとどまります。

 国策に反対するような運動を、大衆を巻き込んだ形で組織するというのは、制度上無理であるというのがベトナムの状況です。

 そのため、ベトナムの知識人たちは日本側に期待しています。今年3月にジエンさんに直接お会いしたとき、「ベトナムの技術・管理レベル、政府の行政能力、汚職や腐敗の蔓延状況などからして、日本は原発建設に援助すべきではない。日本では依然原発を廃止するべきという意見が多数派と聞いているが、自分たちが廃止を希望しながら他国に輸出するのは筋が通らない」と言われました。

 ロシアの原発について少し述べます。2009年12月にグエン・タン・ズン首相がロシアを訪問して、メドベージェフ首相との間で、原発建設の覚書に調印しました。2011年11月、ロシアの国営原子力企業ロスアトムに発注しています。すでに数百人の原発技術者がロシアに送られていて、教育を受けているところです。今年2月には、ロシアがベトナムに原発を建設するために、10億米ドルを融資するという報道がありました。ロシアの銀行がロスアトムに貸し付けるといっています。

 5・6号機もかなり具体的に決まっており、韓国がやることになっています。2012年3月28日にイ・ミョンバク大統領とグエン・タン・ズン首相の会談で、ニントゥン省の南のビントゥアン省に5・6号機をつくるということが決まっています。

● 日本側の問題点

 日本側の問題はどうでしょうか。悲惨な事故を起こしてしまった国が、自国の問題解決もできないうちから外国に輸出して金儲けしようというのは大義がなく、人道問題でさえあると思います。

 いくら安倍政権でも、日本国内で原発を新設することはかなり難しいと思います。なので、海外に活路を求めるということだと思いますが、もうかればよいのか、しかももうかるのは原子力ムラに関連したわずかな大手企業だけです。

 経済協力開発機構(OECD)の規則では、原発案件向けの政府開発援助(ODA)を禁止していますので、ODAとは別の融資を模索しているということです。

 福島大学の坂本恵先生によれば、昨年の8月に「第三次アーミテージ報告」が出ています。これは、日米同盟に関する報告書で、アメリカが日本に対して原発を推進するようものすごく圧力をかけていることがわかります。

 「日本は一流国家であり続けたいのか、二流国家で満足するのか、決断を迫られており、今が重大な転機である。原発の再開は日本にとって正しく責任ある一歩である。地域の安定と繁栄には日米間の強い同盟関係が重要である。日本は韓国との歴史の問題に正面から取り組むべきだ。日本は自国防衛に加え、責任を拡大し米国とともに地域の緊急事態に対応すべきだ」。

 アーミテージ報告は、エネルギー安全保障を前面に押し出したことが特徴であり、最初に原子力エネルギーの利用をあげ、大飯原発再稼働を「正しい、責任ある一歩だ」と評価しています。「20年までに二酸化炭素(CO2)の排出量を1990年比で25%削減する日本の国際公約をはたすために、原発再稼働は唯一の道」、「原子力は日本の包括的安全保障に絶対必要な要素」だと、アメリカが圧力をかけています。

 なぜアメリカが日本の原発にこだわるのかというと、開発途上国が原発の建設を続ける中で、日本の原発が永久に止まってしまうということになると、「責任ある国際的な原子力開発」がとん挫するからということだそうです。将来的には中国が国際的な原子力市場に台頭してくるだろうということを示したうえで、「日米は商業用原子炉推進に政治的、経済的に共通の利益を持っているので、日本は原発を続けなければならない」ということを強く主張しています。

 このように、原発再稼働にも輸出にも米国の影があることがわかります。

●「良好」な日越関係 

 日本はお隣の国々とは全然仲良くできないのに、ベトナムとの間にはほとんどなにも懸案がありませんでした。外務省のサイトで日越関係の年表を見ても、やれ音楽祭だ、やれフェスティバルだなどと、そんな話ばかりが続いています。

 2010年10月に菅総理がASEAN関連首脳会議出席に続き、ベトナムを公式訪問、「アジアにおける平和と繁栄のための戦略的パートナーシップを包括的に推進するための日越共同声明」に署名、このとき原発の受注が決定します。2011年10月末にはズン首相が訪日し、野田首相と首脳会談しました。経済協力、文化など幅広い分野で一致し「アジアにおける平和と繁栄のための戦略的パートナーシップの下での取組に関する日越共同声明」に署名します。

 このように懸案がない中で原発輸出が推進されていますが、歴史的に見ると、決して懸案がないわけではありません。ベトナム側が掲げているスローガンが大きく影響していると思います。それは、「過去を閉じて未来に向かおう」というものです。これは、1990年代にアメリカとの関係を改善するためにベトナム側が持ち出してきたスローガンです。アメリカとの外交関係が戻った後も、これをずっと掲げていて、すべての国にこのスローガンを適用するようになっています。

 1944年冬〜45年春にかけて、日本軍の占領下、ベトナム北部で大飢饉が発生し、「200万人」が餓死したと言われる事件が起こりました。北は南に比べて人口が多いのに土地が少なく、気候も南より寒く、もともと不作に陥りやすい場所でした。そういう場合は南の穀倉地帯、メコンデルタから北に食糧を送っていました。それまでも北が不作だったことはありますが、人が大量に死ぬような事態にはなりませんでした。しかしこのときは日本がベトナムを占領していたので、連合軍の爆撃があって輸送路の鉄道がズタズタになってしまい、北に食糧を送り届けることができませんでした。日本軍は補給をやらない軍隊で、地元のコメを徴発したり、お米が植えられていたところに軍事的に必要な油性作物を植え替えさせたりしたことがあって、北で極端な飢饉になってしまいました。

 これに対してベトナムは、日本の過去に対して一切非難したことはありません。45年9月の「独立宣言」の中では、「ファシズム日本が引き起こした200万人餓死」ということが触れられているのですが、それ以降は持ち出したことはありません。

 日本が国連の常任理事国に立候補したり、東京がオリンピックをやりたいというようなとき、国際的な舞台では必ず日本を支持しています。日本にとっては、信頼度の高い国です。ODAもものすごい金額を貸し付けていますが、返済が遅れたことはないそうです。ラオスやカンボジアがしばしば返済できなかったりすることがある中で、今までのところベトナムはきちんと返すということで、信頼感が飛びぬけて高いのだそうです。

 日本の過去を何も非難せず、ODAにもしっかり感謝してくれるベトナムというのは、日本にとってはありがたくて都合のよい国だと言えます。ベトナムにとっては、金は出すけど口は出さない日本が、やっぱりものすごくありがたい。欧米のように、人権侵害について非難することは一切ありません。そういう意味で、批判し合わないもたれあいの関係が両国の間にできている。それで、「良好」な日越関係が演出されているのです。

 でも、言い直すと、日本はベトナムの非民主的状況に目をつむり、利用し、原発の技術維持と経済的利益の獲得をめざしているのです。逆にベトナムは、日本を利用して中国に対抗しようとしていると言えると思います。

● 日本から正しい情報を 

 ベトナム共産党と日本の共産党は、非常に長い関係を持っています。共産党の幹部の人たちが、ベトナム共産党の幹部に会うときには、原発の危険性や導入に対する懸念を伝えてはいるのですが、必ず「ベトナムの原発の問題は、ベトナム政府と国民が主体的に決める問題ですが」という言い方で、たぶん内政干渉になると思ってそう言っているのだと思いますが、いったん事故が起これば、影響は一国にはとどまりません。その意味で原発の問題に口を出すことは内政干渉ではないということを強調したいと思います。

 ベトナムではここ2〜3年、ブロガー、新聞記者などが政府に批判的な言動をとった場合、先ほど述べたように刑法88条、ベトナム社会主義共和国に反対する宣伝を行った罪、という重い罪で逮捕されることが相次いでいます。

 しかし、国会議員や有名な学者などは、公安の監視はあるものの、逮捕されたり拘束されたりすることはありません。なので最近、引退した学者や国会議員など、体制内知識人の中に政府批判をする人が多く出てきています。

日 本側では、ベトナム戦争に反対してきた日本の団体などは、歴史的な経緯から、今でもベトナム共産党とその関係団体を中心に交流しています。ベトナムでは結社の自由がありませんので、NGOなどをつくることができなくて、外国のNGOがベトナムで活動する場合も、ベトナムの政府系の団体と組んで活動しなければなりません。

 たいへん難しいのですが、体制内知識人や彼らと連携する民間の人々とつながる必要があると思います。ベトナム政府に耳を傾けさせるには、ベトナムの今の体制の中で地位を築いてきた知識人と連携することに意味があるのではないかと思います。

 ベトナム世論は、領土問題でもめ続けている中国に対しては、上から下まで「反中」で全国民的な盛り上がりを見せて結束しますが、原発輸入への関心は弱いままです。

 原発輸入に反対する世論をベトナムでつくるためには、体制内知識人に対して、ベトナム語での情報提供が重要だと思います。外国語がそれほどできない人も多いので、訳して送り届ける活動を、私たち研究者も含めて、行う必要があると思います。

 長い道のりではあると思うのですが、正しい知識を届けて、賢明な判断をしてもらうことをめざしていきたいと思います。

<質疑応答>

Q:ベトナムが開発独裁の国になってしまっているということを聞いて、どうしてベトナムはそんなふうに変わってしまったのかと思います。その一端を教えてください。

A:やはり、一党独裁、権力を握っている人たちが固定してしまうと汚職もすごくなってしまうと思います。戦争中は、政府と国民の距離があまりなかった。結束して独立のために戦うことができた。しかし戦争が終わって平和になると、私腹を肥やす人も出てきた。一党独裁の長期政権は必ず腐るということだと思います。

 南に比べて、北では政府をずっと支えてきた人が多いはずですが、ここ数年は、変化があります。戦争当時に司令官として貢献した党員でさえ、「党のことはあきらめた」と、非常に辛辣に党を批判しました。共産党が求心力を失っているし、人心も離れているし、根本的な改革が必要な状態になっています。

 民主党が政権をとる以前、「日本では民主的な選挙をしているのにどうして自民党が勝てるのか」ということを調べるためにベトナムから調査団が何回か来たことがあったそうです。自分たちも将来的には権力を独占できないということを彼らも考えているようです。

 ドイモイが始まった頃は、自分たちも豊かになるということで経済政策を中心に支持があったのですが、格差が拡大していますし、80年代末から90年代の頃のような高揚した雰囲気はありません。

Q:建設予定地の女性たちは、情報を得たり、立ち上がることができるのでしょうか。

A:ある日本人が、「ネット上には情報があって知識人たちはそれに触れることができる。だから知識人と一般の人々のネットワークをつくることが必要なのではないか」と、ベトナムの人に言ったところ、「そんなことをしたら、つかまってしまう」と言われたそうです。私もジエンさんに3月に会ったときに同様のことを言いましたが同じ反応がありました。男女を問わず、地元の人に正確な情報を伝えることは難しいです。

 実態社会では、女性が働いて国を支えている側面が大きいです。男性は昼間からちんたらお茶を飲んでいたりして働いていない姿をよくみかけます。市場でも女の人がよく働いています。女性の活躍は日本より進んでいます。子どももみんなで育てるということに抵抗がありませんし、子どもを預かったり、保育所も誰でも入れるし、日本のような待機児童はありませんので、日本よりは女性が働きやすい社会だと思います。政府の要職に女性がついている例も多いです。

 ベトナム政府は、国際問題にからんでくると対応しますが、国内で話がすむ問題についてはあまり強権をふるわない傾向があります。土地使用権というのが農民にあるのですが、所有権は国家が持っています。その使用期限が切れるところが相次いでいて、地方政府がそれを接収して工業団地にしたりショッピングセンターにしたりしていて、それに反対している農民たちについては、デモをしたり座りこんだりしても野放しにしています。国際問題に発展しない限り、放任というか、それで排除された、逮捕されたというのは、あまり聞きません。

 国際関係に関わること、中国に反対するビラをまいたのなら中国と、日本からの原発輸入に反対するなら日本と関わることになるので、そういう問題になるとすごく強く出てくると感じています。

A吉井美知子(三重大学):私も女性のことが気になっていました。ベトナムの女性はとても強いので、誰か著名な女性で原発反対の発言ができる人が出てこないかと期待しています。

 日本に比べたら実権は女性の方が握っていると思います。儒教が入る前に女系社会だった名残りかもしれません。チャム族も女系社会です。政府批判のブログを書いて捕まる人の中には、女性もいます。

Q:2011年9月に日本は、ベトナムから要求された6条件に協力するとの覚書を締結しましたが、項目名だけしか公表されていません。4の「資金支援」。いったい何千億円、融資するのか。6の「放射性廃棄物処分に関する支援」。使用済み核燃料に責任を持つのか。モンゴルに処分場を建設するのか。また、原発大事故の場合の賠償はどうなるのか。ベトナムとの「約束」の詳しい内容が明らかにされれば、「日本のリスク」も問題になってくるはずですが。

A:なんとかして調べたいと思います

Q:今後、日本国内で何ができるか。

A:ベトナムがどんな状況であるかということを、もっと多くの人に知らせて、日本政府に断念させる。原発輸出は罪深いということを多くの人にわかってもらって、世論を盛り上げていきたいと思います。

 ヨルダンなら国会で反対決議をする、リトアニアだったら国民投票をするなど、情報を得たうえで国民が行動を起こすことができるのですが、ベトナムの場合はそれができませんし、接触することもできない。日本の中で、輸出しないという世論を盛り上げていきたいと思います。

A吉井:ベトナムを研究している人間が集まって、東南アジア学会でパネル発表をしました。そこでの議論でも、やはり日本側で止めなければだめだという意見が多かったです。

 ジエンさんがベトナム側で一生懸命署名運動をしたのは、なぜあのタイミングだったのか。そのとき、一時的に日本の原発は稼働しているのがゼロだったのです。日本の再稼働を止めることも影響、連動するのです。

 ベトナムのことを研究をしているので、何とかベトナムの人にやってもらいたいという思いがあるのですが、日本が国内でちゃんとやっていれば、向こうの人に伝わることがあると思います。ベトナムの人から見れば、日本は民主的な国で、市民が自由に活動できるのですから。

A:ベトナムは、加圧水型でやってほしいと言いだしていて、原発輸出に関電が関わる可能性があるのです。なので、ぜひそういう意味でも関西でがんばっていけたらと思います。


            2011.10.31「原発いらない全国の女たちアクション」

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ノーニュークス・アジアフォーラム通信 No.122 もくじ

                        (13年6月20日発行)B5版36ページ

● 原発輸出を止めるために (宇野田陽子) 
                  
● 日印原子力協定に向けた交渉の停止を求める要望書
               
● インド・クダンクラム原発反対運動(11)
                   
● ジャイタプールの漁民と農民からフランスとヨーロッパの銀行家への手紙

● 菊地洋一さん3度目の来台、第四原発に入れず (ダン・ギンリン) 
      
● トルコへの原発輸出を許さない (鈴木かずえ)

● モンゴル・「ウランは掘らん、ウランは売らん、原発? 私たちにはいりません、福島の人々と心は1つ、というメッセージを安倍首相に届けたい」 (今岡良子)

● マレーシア・レアアース製錬工場の環境影響<後篇> (和田喜彦)

● ベトナムへの原発輸出:たれながされる安全神話 (伊藤正子)

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